第386話 そうだ! 終戦しよう!

 半月ほど掛けて、ゆっくりとルターまでやって来た俺達。

 まあ、移動時間は2日ほどで、大半は俺の魔力瘤が治まるのに費やした時間だが。


「お母様!」

「あなたには迷惑を掛けたわね……」


 今生の別れとなるはずだった母子の再会だが、元皇族としての分別があるので、抱擁を交わすでもない素っ気ないものになる。

 ……まあ、本当の母子の再会は、後程ベリアの自室でやってもらうとして、


「さて、先に面倒な調整を済ませよう」


 と声を掛ける。

 わざわざ、ルターまでやって来たのはその為なのだから。


「賜りました。ゼファート様。

 こちらにどうぞ」

「!

 ゼファート?!」


 先触れから終戦に向けての調整を行うと告げられていたベリアが先導しようとするが、マウリーが驚きの声を上げる。

 ……そういえば。


「まず、そこから説明がいるな。

 俺はユーリス・マウントホークであり、守護竜ゼファートでもある。

 更に言えば、……ミフィア」


 廊下で、ユーリスとゼファートが同一人物であると、カミングアウト。

 ついでにミフィアとも融合。


「……と言う具合」


 ミフィア姿でにっこり笑い、驚愕の表情に固まる母娘を見る。

 ゼファート側の中枢に取り込むベリアと、マウントホーク側の都市責任者を任せる予定のマウリーが話し合えば、違和感に気付くのも時間の問題なので、敢えて重要な秘密を自ら正体を明かして恩に着せておく。

 ついでに、ミフィアの正体もバラして、彼女らの街に行った時に顔パスで、会えるように下準備。

 これは、ハーダル達への牽制でもある。

 ミフィアの行動を糾弾しようとしても、ファーラシア及びゼファート領は、お子様の我儘で押し通す準備が出来ている。

 馬鹿な行動は命取りになると脅しているのだ。


「ああ。

 一応、秘密と言うことになっているから、そこだけはお願いね?

 必要なら口止めに行かないといけないから」

「……公然の秘密と言うことでしょうか?」

「ベリア!」


 先日まで敵地だった街の行政府、しかも廊下と言う人目の多い場所で打ち明けながらも、秘密と言い張る俺の矛盾に確認を取ろうとした娘を叱るマウリー。

 ……ベリアは、まだまだ若いな。

 こちらが秘密と言っている以上は、意図を訊ねるのも問題なのだ。

 対して、マウリーはさすがと言うべき判断力。

 しかし、


「暗黙の了解かもしれないわね?

 この事実をどう利用するかは、あなた達に任せるけど……」


 と敢えて肯定する。

 ついでに、上手く利用しろと指示。


「……分からないことはミフィア様にご相談します」


 ベリアの回答に笑みを深めて、言外に正解と告げる。

 ゼファートやユーリスと相談すると言えば、警戒する相手もミフィアなら上手く誤魔化せると、脇を緩める可能性がある。

 領地の配置柄、アイリーン勢力との窓口になるベリアには、上手く立ち回る術を渡しておきたかった。

 まあ、ファーラシアの下級貴族が付き合いを考えるほど、アイリーン勢力が盛り返すかも不明だし、ベリアの旦那に侯爵令息を宛てるように指示してもいるから、よほど大丈夫だとも思うのだが……。


「それじゃあ改めて、今後の方針だな。

 ……ひとまず会議室へ入るか」

「はい。

 どうぞこちらへ」


 ハーダル以下の、ベリア配下になる人間への牽制も兼ねたからとは言え、廊下でのミフィア化は耳目を集めすぎた。

 そう考えて促したベリアに従い、ゼファートに戻った俺が会議室の上座に座る。

 両隣にキリオンとジャックを配して、その外側にマウリー母娘。

 下座に、扉を閉めたハーダルが座れば会議開始となる。


「……さて、それじゃあ改めて今後の方針だが、まず順番は前後するが、ミルガーナはサザーラント皇帝位を長女のベリアに譲渡。

 更にベリアがゼファートに恭順したことで、サザーラントとゼファートとの戦争は終了だ。

 ……大丈夫だよな?」

「問題ありません。

 前回の停戦前に、アイリーンが皇女の地位を外されていた以上は、1人しかいない皇女を嫁に寄越せと言うのは、無理難題ですので、サザーラント側が最大限に譲歩したと筋を書き換えれます。

 なお、理由は婚約者との婚前交渉。

 非常識ながら重罪とも言い切れないので、皇女の地位を外したものの皇族の地位に留め置かれる処置の準備中であった」

「さすがにその情報を知らなかったゼファート側との交渉が、難航している状況でアイリーン本人に皇女位剥奪の情報が伝わり、今回の混乱に繋がったわけだな?」


 ある程度調整しているが最近も、少しやらかしたばかりなので、キリオンに確認しつつ会議を進める。


「はい。

 先手を打たれたミルガーナ帝が帝都を逐われたことも混乱に拍車を掛けていたことになりますが……」

「こちらも誰と交渉すれば良いか分からなくなったので、静観した。

 その点で誠実性を欠いたと言う批難は自然だろう」


 幾ら戦争相手とは言え、国そのものが潰れそうな状況で、静観すれば不誠実と評判を得る。

 しかし、


「こちらは為政者として、日が浅い。

 未熟だった。

 で、済ませれば良いだろうな」

「はい。

 その後のベリア皇女の行動ですが、ハーダル伯爵の助力の元、ゼファートに窮状を訴え、今回の対応に繋がった。

 その功罪を相殺した結果。

 巫爵としての帰順を認め、その際にミルガーナは人質として、マウントホーク領に護送され、奪還等の問題対処から名を改めた。

 これはミルガーナ帝として二度と返り咲けないようにする処置の一環でもある」

「対外的にではありますが、第三者であるマウントホーク家に名前を変えて預けられていますので、マウリー殿がミルガーナ帝であると証明出来なくなると認識ください」


 幾らミルガーナとベリアが声を挙げても、ゼファートとマウントホークの両方がミルガーナは病死していたと公表すれば、そちらが事実になる。

 何せ、公的にマウリーがミルガーナだと、証明することが出来るのは我々だけなのだ。

 幾ら騒いでも、大衆はベリアが復権のために、狂言を演じたと判断する。

 そうしないと自分達に火の粉が降り注ぐから……。

 敢えて、それを言葉にするのは実行されたら後始末が大変だからに過ぎん。


「分かっています。

 元より、今更サザーラント皇帝を名乗れる身の上とも思っておりません」

「そうですか。

 では続けましょう。

 アイリーンとその伴侶に関してですが……」


 マウリーの同意に軽く頷いて先を促すキリオン。


「……放置する。

 サザーラント帝国の終焉を認めない皇族の1人が、私兵を率いて領土の一部を占拠しただけと扱う。


 "勝手に土地を実効支配し、サザーラント帝国の後継を名乗ろうとも相手にしない"


 これが決定だ」

「……はい」


 非常に重い罰である。

 それを元娘と元臣民が負うことに思うこともあるだろうが、その決定を覆すだけの物はないと分かっているのだろう。

 目を伏せて受け入れるマウリー。

 しかし、ベリアは困惑気味。

 まあ、直接手を下していないのに、罰になるとは分かりにくいかもしれん。

 だが、彼女の不理解は問題になる。


「ベリア殿、曲がりなりにもサザーラント帝国の金貨でファーラシアの金貨を買うことが出来るのは、お互いに相手を国と認めているからなのですよ。

 国として認められないと言うことは、どれだけサザーラント金貨を積み上げても、取引出来ないと言うことです。

 少なくとも貴金属や宝石に交換してからでないと、売り買い出来ません」

「それは分かりますが、お互いに困るだけでは?」


 そこに躓いたんじゃないのか?


「何故です?

 我々はサザーラントから購入したいものは特にないですよ?」

「しかし、南大陸の……。

 ……あ」


 彼女の言葉で、こちらも察した。

 ベリアの頭の中の地図が未更新だったんだと。


「私の領地やルシーラ王国があるんですね!」

「そうです。

 サザーラントから無理に購入する必要がない」

「じゃあ貴金属が底をつけば……」

「新しい外貨の獲得手段を探す必要が生まれるかもしれません」


 完全な自給自足を達成すれば、必要ないので断言は出来んわな。

 世界から取り残された国の末路と言うのは悲惨なのが大半だが、運が良ければ復興する可能性もある。

 それにこちらも、南大陸の国に国交を結んでもらう必要があるので、条件だけ見れば互いに損害を被っている。

 直接交易出来なくても、ルシーラ経由で問題ないけどな。


「まあ、悪影響が出るのは来年以降だ。

 南大陸との交易ならサザーラント金貨も使えるはずだしな」

「さすがにそこまで非道に徹する気はありませんよ。

 今の食料事情であちらとの交易まで潰れたら、干乾しも良いところですので……」


 俺の発言に苦笑するキリオン。

 内紛で既に他国から食料を買い漁っている国で、孤立とか地獄にしかならない。

 どちらにしろ、ガイアス領の調整で南大陸との交易交渉は来年以降になるし、問題はないはずだ。


「さて、アイリーン側への罰の重さを理解したか?

 それなら、俺はルシーラへ戻るが?」


 途中で急遽帰国した詫びをいれると言う建前の元、今後の調整を行う必要がある。


「……大丈夫です。

 これ以上は、"子供の我儘"になると存じております」

「……そうか」


 俺のいない間にも、それなりに教育が進んでいるようで、安心した。

 ただの憐れみで人を救うことが我儘だと認識出来るなら、このまま巫爵位を任せても問題ないだろう。


「キリオン。

 終戦宣言の布告は任せた。

 マウントホーク側も、シュールが準備を進めているので歩調を合わせろ」

「はい」


 本来なら調停の式典を開くところだが、相手国が消滅したので一方的な宣言のみになる。

 

「マウリーは後日訪れる辺境伯軍と共に、マウントホーク領に」

「……はい」


 護送も兼ねているし、今生の別れになるかもしれない母子に改めて、話をする機会を与える。

 言葉にすれば、問題と認識しているマウリーが頭を下げるので、こちらも頷くに留める。


「ハーダル。

 ベリア巫爵を良く支えるように」

「はい……」


 こちらは不承不承であろうがしょうがない。

 世間一般では栄達なのだと諦めてもらう。


 しかし、これだけ戦争に巻き込まれているのに、全然戦場に出る機会がないと言うのも不思議。

 ……でもないか。

 高い地位の人間が死ねば大迷惑なので、高位ほどまともに戦場へ出してもらえないのも必然。

 その割にダンジョンに缶詰されることも多いけど……。

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