第385話 吐き気を堪えるジャック

 見晴らしの良い庁舎の最上階から、占拠が完了したルターの街を眺めつつ、ジャック達は頭を抱えていた。

 ミンパニア領都にて、ベリア・ガイアルに率いられたガイアル巫爵軍と合流。

 その頃には、周辺の街も戦争の準備を整えてミンパニア方面に、兵士を派遣し始めていたのだが、ジャック率いる守護竜領本軍との合流を聞いた途端に、各街に撤退。

 野戦で暴れた黒竜の噂に軍が維持出来なかったのだ。


 かと言って各街へ赴けば、包囲の準備に入った途端に、代官が逃げ出して白旗が上がる。

 こちらは白竜によるダンペーイ奇襲戦の話がトラウマだ。

 いくら頑丈な砦や領府に篭った所で、真竜の体当たりを食らえば、ただの墓石にしかならない。

 そうなると、包囲は自分達を逃がさないための下拵えにしか見えないのだ。

 しかも敵の指揮官の中には、元第二皇女のベリアがいる。

 帝都占拠後に配属された代官達は、彼女視点で見れば、母親を裏切った反逆者である。

 逃げなければ家族も含めて根絶やしの憂いを被ると考えてしまうのも必然。

 そして、責任者を失った街が降伏するのも自然な話だが……。


 まともな衝突もないままに、指示された最終占拠目標を達成してしまったジャックやその配下として参戦している指揮官達は大いに頭を悩ませることになる。

 伝統ある侯爵家の3男だろうが、ゼイムの元将軍だろうが他国へ遠征に赴いて、1度も戦わずに目標を達成するなどと言う奇跡は、見聞きしたことがない。


 彼ら自身は問題ではないのだ。

 軍を率いて、最小限の損害で他国の街を征服した指揮官達と言う評判を得られる。

 だが、下士官以下の従軍者にとっては堪らない。

 戦功が稼げないのでは、褒美が手に入らないのだ。

 一律で普通に生活を送る以上の手当ては配給するものの、一攫千金を夢見て従軍した人間は肩透かしを食らうことになり、今後、従軍命令を出しても断られる危険性がある。


「……守護竜様の在位時は、よほど良いと思いますが」

「そうですね。

 自分達の世代では困らないでしょうけど」


 元ゼイム将軍の部下が、今後は戦争自体が無くなるので問題ないが、と慰めればジャックも同意する。

 しかし、


「自然と軍が縮小してしまう。

 それは危機管理の問題だと思います」


 別の部下が異議を唱える。

 それも正論である。

 軍への入隊希望者が減れば、賃金を上げて入隊者を募る必要が生まれ、個々の賃金が上がれば予算配分上、人員数を削減せざるを得ない。

 つまり、どちらにしろ頭数を減らすしかない。

 だが、軍隊と言うのは外敵に備えるだけが役割でもないのだ。

 人里に近付く魔物の討伐に、治安維持の見回り。

 災害時の救援活動なども含め、その業務は多岐に渡る。

 今回の他国侵略のような花のある仕事などは、生涯縁のない軍人の方が多いのだ。

 だから華々しくその活躍を喧伝して、入隊希望者を増やすわけだが……。

 その機会もなく、褒美も振る舞えない状況ではあまりにも軍の維持に悪影響をもたらす。


「少しガス抜きの場がほしいですな……」

「ガス抜き?」


 老将の1人が呟き、それを聞き返すジャック。


「適当な村を抵抗勢力として扱うと言うだけの話ですよ」

「それは……」


 古今東西戦争に付き物な、ある種の暴走を意図的に起こすと答える将軍。

 その回答を得て、絶句するジャック。

 何だかんだと言っても元侯爵令息の彼には、想像できないほどの生臭い話だった。


「この村とか良さげでしょうが、少し規模が小さいですね?」

「なら、こちらも入れよう」

「少し他の街に近いのでは?」

「心配いらんさ。

 この道を塞げばよほど情報は漏れん」


 だが、ジャックの戸惑いを余所に、元将軍達は村の選定に移る。


「……大丈夫ですよ。

 敵地の村で少し暴れるだけですし、後で適当に不穏分子のでっち上げでもすれば済む話です」


 元将軍達の勝手な話し合いに、絶句中のジャックだったが、言い出した老将に肩を叩かれて、意識を戻す。


「何故、こんなに手馴れている?」

「ビジーム国境の警備を任されると、この手のガス抜きはよくある話しですからな。

 希望者を募って、少し遊ばせてきます」


 これから罪のない村を襲って、阿鼻叫喚の地獄をもたらせようとしているとは、到底思えない軽い口調。


「……」

「将来の多くの領民のために、敵対している村を礎にするだけの話ですよ?

 こちらで上手くやっておきますので、閣下は知らぬ顔を決めてもらえば十分です」


 ジャックの沈黙を、葛藤と捉えて努めて軽く言う元将軍。

 その認識は正しいが、ジャックが何に葛藤しているかで見誤っている。

 彼、ボーク領の将来のために、自身の家族を手に掛けたことに、遅まきながら罪悪感を感じ始めていたのだった。

 ましてや、ジャック達が手を掛けた相手は、あれから障害になったかもしれない家族である。

 成り行きながら明確に敵対している村を利用する、目前の元将軍達以上の悪行を為していたのだ。

 これまでは民のために、家族を手に掛ける悲劇で主役を演じるような陶酔感があった。

 しかし、他に道があったのではないかと、今更に後悔を募らせたジャックが、自身に強烈な嫌悪感を覚えるのもある意味自然。


 そんな吐き気に襲われるジャックを余所に、ゼファート守護竜軍は、アイリーン軍の将軍を匿っていた村3つを壊滅させる華々しい成果をあげたのだった……。

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