第383話 マウリー・サザーナ

「この地に残れば、多大な苦労をすることになるでしょう!

 私はそのような憂き目に合う同郷の方を1人でも減らしたい!

 元凶となったゼファート竜の盟友とは言え、マウントホーク辺境伯は未開地開発の貴重な時間を割いて、我々を救う手を差し伸べてくれました!

 彼の仁君の元に今一度力を蓄え、故郷に返り咲こうと思ってくださ……」

「そこまでです!」


 広場にある台の上から、妙齢の美女が行っていた演説は、空気を読まない鎧男に止められる。

 美女の台詞の続きは厄災続きの自分達の希望へ繋がる言葉だった。

 それを理解している村人達は挙って野次を飛ばそうとするが、


「お前達!

 領主様の前だ!

 頭を下げろ!」


 牽制気味に村長が叱責を飛ばす。

 それを聞いた村人達は鎧男を注視し、その胸にこの近隣を治めるラジア伯爵家の紋章があることに気付く。


「ミルガーナ様……。

 失礼、マウリー様。

 辺境伯家の目がございます。

 そのような発言は……」

「……そうね。

 私から言えるのは一言だけ……。

 皆、苦しくても今を諦めないで欲しい!」


 まるで演劇のような心の篭った声に、観衆の村人は大いに盛り上がる!

 村長の命令で臨時の集会を命じられた時は反発していた若い衆も、国の未来より明日の生活に頭が一杯の主婦達も、老い先短い身で孫達を心配する老人達も。

 皆が皆、本来の殿上人より声を賜る幸運に、身を奮わせていた。


「私!

 付いていきます!」

「俺も!」

「おらもだ!」


 感極まったように宣言する同じ村の少女に負けまいと次々と声を挙げる。

 その少女が同じ村の仲間だとは分かるのに、具体的に何処の誰かを認識出来ない異常に、気付く者はいなかった……。






 広場から退場し、村長宅で人払いを済ませたミルガーナ改めマウリー・サザーナは、未だに冷め止まぬ熱狂を他所に、


「ご苦労様です。ラジア」


 嫌われ役を担う家臣を労う。

 筋書き通りとは言え、知らぬ間に劇の観客に仕立て上げられた領民から、悪役ヒールを見る視線を向けられるのは、心地よいものではないだろうと……。


「いえ、必要な役目ですし、皆が同様に通ってきた道筋でございますので……。

 しかし、マウリー様もずいぶん手慣れてまいりましたな。

 女優の道も世迷い言ではありますまい」

「これしか出来ない女優なんて誰も欲しがらないわね。

 大体、冷静な判断が付かないような状況で、扇動する人間がいるから、何とか劇が成り立っているだけ」


 おべっか混じりの称賛を切り捨てるマウリー。

 そもそも帝都陥落の混乱に乗じて、市井に降ったならともかく、今の状況で政治の道から抜け出すのは、それ自体が許されない世迷い言である。

 ましてや、冬夢と名乗る狐獣人の手を借りて、初めて成立する扇動劇。

 でなければ、一時の熱狂で故郷を捨てる決断が出来る人間がどれ程いるのかと言う話だ。


「それは……。

 ですが、彼女1人でも成り立たない物です。

 現に辺境伯殿も実行する気はないご様子でした。

 それが出来ましたのは、陛下が自らの汚名を覚悟で行動なされたからであり、私は民のためにその選択をなされた陛下に敬意を称します」

「ありがたい話ね。

 だけど、辺境伯家に同じことが出来なかったと思い込んではダメ。

 冬夢と言う獣人の能力は途轍もないし、村長以下村の有力者を数人操ればどうとでもなる。

 じゃあ、何故やらないか?

 簡単よね。

 引き込んだ人間を管理する労力が見合わないからでしかない」


 ラジア伯爵の言葉に礼を言いつつ、その間違いを正す。

 配下の者達が辺境伯家を甘く見て、反乱を起こした日にはあまりに多くの血が流れるから。


「……それは」

「適当に騙してそれで終わりにはならない。

 その後も管理し続ける手間が発生する。

 だから、私達が投降するまでの辺境伯家の方針は、状況説明した上で、納得した人間だけを移住させるだった。

 それを変更したのは、管理し続けることを望む人間が現れたから」


 その説明にラジアは背筋が寒くなるのを感じる。

 兵法に置いて、敵の兵力を削ぐのは基本中の基本。

 後々の手間を惜しんで、目の前の戦争を不利にするような間抜けはいない。

 その時に考えれば良いと言うのが、基本的な軍人の発想だと言うのに、冒険者上がりの辺境伯が当たり前のように、後のコストを意識して戦争をしている。

 仮に自分達が敵対していれば、まともに戦うことも許されずに、経済的に磨り潰されていたかもしれないのだと……。


「あの場で投降しなければ、どうなっていたのかしら?

 まともに決戦なんてしてもらえたと思う?」


 ラジアの予想と同じような推測を口にするマウリー。


「……恐れながら。

 ないと思われます」

「そうね。

 向こうはサザーラントに意趣返しをするのが目的で、土地も人もそこまで求めてはいない。

 無駄な決戦をするコストは掛けないでしょうが……」


 サザーラント勢としては堪らない。

 短期決戦であれば勝つにしろ負けるにしろ、直ぐに決着が着く。

 十中八九負けるが、そうなればなったで名誉を保ったままに敵方に降ることが出来る。

 普通の相手なら、そのまま土地の管理人として残されるだろう。

 表向きは相手の武勲や知略を讃えて、あるいは総大将の慈悲と言う名目になる。

 実情は領地毎に風土も特産も違うので、勝手を知る人間を残した方が効率的なだけだが……。

 だが、マウントホーク相手にはその常識が通じない。

 幾らでも資金を生み出せる化け物がいるからか?

 将来的な利益のために、現在の時点で手間暇を掛けようと言う発想が出てこない。


「決戦をしてもらえない。

 そんな状況を想像したこともありませんでしたが……。

 恐ろしい話ですね」

「本当に。

 常に防衛に気を張る前線の兵士達の消耗。

 彼らを支える兵站維持と管理の費用。

 それらを提供し続ける経済力。

 何時か破綻するけど……」


 当然、民衆の暮らしは悪化し、不満は為政者に向けられる。

 将来的には、反乱軍が台頭して現政権を打倒するだろうが、


「辺境伯達は反乱軍を支援する義理も理由もございませんし……」

「無秩序の世界が長く続く。

 足元が疎かな状況で、外部に目を向ける指導者はいないから、辺境伯側は境界線上の警備兵を少し増員するだけで済む」


 そこまで話して、ラジアも気付く。

 アイリーン側に付いた勢力は既に……と。


「マウリー様の演説に力が入るのも当然ですね。

 我々が移住した後のこの辺りは、アイリーン派に従うでしょうから……」


 指導者がいない状況で無学に近い人間が取る行動となれば、近くの勢力圏に収まることだろう。

 しかし、だからこそやるせない。

 一時の熱狂では故郷を捨てられない慎重な人間も出るだろう。

 あるいは老いた父母を見捨てられない善良な若者も。

 物語であれば幸せになるのは彼らの側であり、自分達は自業自得の末路を描かれる配役であるが、現実と言う演目では、登場人物の善悪を加味してくれることは少ない。

 だからこそ、


「1人でも多くの民衆をマウントホークへ誘うように頑張りましょう。

 1つの街や村に掛けられる機会は一度しかないのだから」

「はい。

 お伴いたします」


 ラジアが人伝に聞く、マウリーもといミルガーナ帝の人生は苦難の連続であった。

 マウセル皇家の長女として生まれ、将来は弟皇子を支える人生を歩むと自他共に考えていた。

 その流れが変わったのは、ミルガーナから続けて5人の皇女が誕生した時。

 状況的に皇子誕生はなさそうだと判断した先帝により、女帝となる道が決まってからはひたすら勉学と公務の日々。

 しかし、そんなミルガーナ皇太女の努力を嗤うように、嫁入り先の家に唆されて、3女以下3人の元皇族が反乱を決行。

 その後も子供が皇女2名であることを上げて文句を言う輩を黙らせつつ、国をまとめてきたにも関わらず、1度の躓きが祟って評価を落とす。

 目の前の皇帝陛下こそ報われるべきだと思いながら、ラジアに出来ることは深々と頭を下げて、彼女を肯定することだけだった。

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