第382話 次女降臨
「まったく!!
次から注意してくださいよ!」
竜状態で乗り込んできたトルシェは、俺達をいきなり正座させて説教を進め、一頻り不満をぶちまけて下火になる。
かれこれ30分ほど。
……トルシェの説教にしては短い方ではある。
「すみませんでした……」
「ごめんなさい……」
彼女相手に弁解は悪手である。
巻き込まれただけと言う文句は捨てて、ただ頭を下げるのみ。
セフィアに次いで、トルシェに怒られ慣れているテイファも抗弁なく謝罪して、この件は収まる気配を見せ始める。
「……さて、2人とももう良いですから立ってください。
これから今後の話し合いを始めますよ」
よかった。
文字通り、トルシェが飛んできた時はどういうお叱りを受けるのかと恐々としていたのだが、突飛な行動をしないことと、報告を密にすると言う単純な話に終始してくれた。
「……ああ。
それでテイファからあらましを聞いたが、そのティンカル眷属とやらの件は片付いたのか?」
「ええ。
ティンカル本人に、
『父親が真竜で子供が違ったら大問題よね?
ゼファートの子供となれば、こちらも出産に立ち合うわよ?』
と言ってやったら、黙って帰っていったわ。
あちらは内々に出産して真竜が生まれなければ、隠す気だったんじゃないかしら?」
酷い話だな。
こちらに無断で自身の眷属内で育てるならまだ良いが、その隠すには間違いなく悪い意味があるだろう。
「真竜父と下級竜母だと、……2割程度だったか?」
「それくらいだと言うわね。
認められるわけがないでしょ?」
自身の甥や姪を、8割の確率で無碍にされるのに、許可するトルシェではない。
そもそも、
「真竜に拘る時点で、無駄なのだがな……」
「そうですね。
自身が弱いことを暴露してるに等しい話です」
真竜とそれ以外を分ける基準は『竜の心臓』の有無しかない。
最下位クラスの真竜と最上位クラスの下級竜を、一対一で戦わせれば、間違いなく下級竜に軍配が上がる。
前世の頃に、それを疑問視する真竜達と話し合ったこともあるが、無駄に下克上を流行らせるだけだと却下されたはず。
「そもそも真竜は、強さの基準じゃないしな」
「竜気の回復量が多いだけですからね。
数の増えにくい竜族の絶滅を防ぐための安全装置と言う見解でしたか?」
テイファの話に頷いたトルシェが会合で出た結論を再確認する。
「そう言わないといつまでも終わらなかったからな。
巻き込まれた俺達には本当に迷惑な会合だった……」
真竜の称号にプライドを持つ上位実力者連中とその称号を失いたくない下位の実力者連中。
エゴとエゴのぶつかり合いに過ぎんかった。
「いえ、姉上が最初に下級竜には寿命があるが、真竜にはないと一声掛けてくだされば済んだ話ですよ?」
「それもそうだがな……。
セフィアの感覚からしたら、寿命のある疑似竜核と本物の竜核の差は一目瞭然だったんだ。
多分、当時の俺は何の話し合いをしていたかもまともに理解していない可能性が高い。
そういえば、リュミニルってまだ生きてるの?」
「ちょっと!
リュミニルも下級竜なのですか?」
当時、真竜足る者は強さと正当な『心臓』の両方を持つ選ばれた存在が名乗るべきだと主張していた下級竜。
事あるごとにこちらにあれこれ言ってきためんどくさい金竜を思い出す。
原因は自分が気に入った者に竜核を与えて、真竜に招き入れていたダメな天帝竜の方だがな。
……彼女の魔力量なら、そろそろ寿命を迎える段階な気もする。
「なるほど……。
我が姉上は視ていた世界が違うわけだ。
真竜達の会議自体が何をやっているか理解出来なかったのも必然だな!」
俺の暴露に笑い声を上げて、愉快そうににやつくテイファ。
セフィア眷属を除いた真竜の実質的な3位にいた傲慢女はテイファから見ても嫌な奴だったんだろう。
「逆に、リュミニルが偽物呼ばわりしていたラーグニスは、本物の真竜だし実に皮肉が効いているよな」
「ラーグがねぇ。
となると真竜と下級竜の違いは、魔力総量でも計れないんだな?」
ついでに並の下級竜と変わらない魔力総量の真竜がいることも暴露してしまう。
「無理だぞ?
そもそもセフィアが真竜にした連中はどちらも大したことないだろ?
一番確実なのは死ぬ寸前まで魔力を消費させること。
そこで魔力が戻らないで死んだり、魔力の最大値が減少すれば、真竜じゃないと分かるんだが……」
「絶対に許可しませんし、公表しないで下さいよ!
下級竜と言っても貴重な竜種なんですから!」
魔女裁判じゃないし当然と言えば当然だな。
「分かっている。
だが、本格的に俺をセフィア眷属として、公表した方が良さそうだな?」
「……そうですね。
竜族間で大戦争でも起きたら堪りませんし!」
力ずくでも俺を自分の眷属に引き込めれば、真竜がいる血族になる。
もちろん、俺が反発するのでそれで命を失う竜も出てくるだろうし、横やりを嫌って互いに争う眷属勢力も出てくるかもしれん。
「そういえば、この大陸の東にラーグレイと言う真竜がいたらしいが、東の大陸に戻ったと聞いたことがあるな。
ラーグニス眷属なら一言言っといた方が良いよな?」
「……」
水侯の話を思い出して訊ねる。
当時は気にも留めなかったが、セフィアの記憶を思い出し、ラーグニスと言う真竜がいたと浮かべば、その状況の不味さが浮き彫りになる。
宗主に近い名を与えられた眷属序列の高い真竜。
そんな奴が住んでいた土地を他眷属が奪えば、戦争になるのは間違いない。
今は俺が野良竜だから無視している。
と言うよりもセフィア眷属と関わっているようだから、やり合いたくないと意図的に放置か?
すると頭を抱えて沈黙するトルシェと言う珍しい光景が現れた。
「すみません、それを説明しないといけないんでした。
ラーグレイと言う真竜はいません。
フィリアに名乗らせた偽名です」
「と言うことはセフィア眷属に関する案件か?
しかもわざわざ偽名を使うと言うことは眷属間の火種になり得る話……。
聞いておいた方が良い?」
先日のティンカル眷属の件での失敗もあるので、事前確認をする。
「たいして重要な話じゃないですよ?
ヨシュアとの音楽性の違いです」
「ああ。
納得したから良いわ。
それじゃあ、ヨシュアはラーガニス眷属に移動したのか……」
フィリアとヨシュア。
古代王国時代の優れた双子の歌手で、芸術家保護の政策により、真竜となった元人間だが、姉のフィリアがロックシンガーに近いタイプで、ヨシュアがバラードやオペレッタを得意とする歌い手だったので、よく争いをしていた。
やり取りに堪えかねたトルシェ達が、ヨシュアをラーガニスへ送ることにして、その調整期間フィリアはラーガニス眷属染みた名前を名乗らせて、空手形ではない証明をしていたと言う所か。
どちらかと言うと、フィリアの音楽を好むうちの姉妹達の中で、ヨシュアの歌が好きなトルシェにとっては苦渋の決断だろうが、女系生物だから他所に出すのは、婿。
しょうがなかったんだろう。
……となれば、呪いが蔓延した土地に一時期派遣されていたのはトルシェの意趣返しかな?
そんなことを思った俺は、この話を打ち切った。
順番が逆で、セフィアの呪いが根源にあり、姉弟が被害者と、俺が知ったのはずっと未来のことであった。
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