第368話 ハーダルと思惑を合わせる

「ミフィア様が口裏を合わせてくださり助かりました」

「別に口裏を合わせたわけじゃないわ。

 短慮を起こされると困るだけよ」


 念のため予防線を張っておく。

 人間のハーダル伯爵と真竜のミフィアでは、この情報が露呈した時に主犯がミフィアにされかねないから。


「失礼しました。

 そのようなつもりはございません。

 ただ、お噂に聞くミフィア様とは結び付かず……」

「普段からそういう態度を見せているだけよ。

 勝手に油断してくれれば、扱い易いでしょ?」

「……肝に命じておきます」


 遠回しにお前が裏切れば、短慮を起こしたと偽って殺すと忠告をしておく。

 それで殺されても"幼稚な"竜、と言う災害に自分から干渉したバカとして、語り継がれるだけである。

 ミフィアが損得勘定で動くと言う情報は現時点では広まっていないから。


「ハーダル伯爵がまともに"お話"出来る相手で助かるわ。

 これからベリア皇女の興す巫爵家の実務担当になってもらうから特に!」

「やはりそうなりますでしょうか……」

「不満?」

「いえ、そのようなことはございませんが……。

 元皇女殿下のお世話になりますと……」

「ああ……。

 必要なのはその血筋だけだし、押し込めちゃって良いわよ?」


 もっと高い地位を望んでいるのかと思いきや、逆にベリアに近すぎる地位が嫌なようだ。

 確かに元皇女であり殿上人だった人間を、神輿にしての家宰職はキツい所があるのは、俺も想像が付くのでさっさと権力から遠ざけろと唆しておく。

 今回のような"お嬢様の我儘"を言われては迷惑なのだ。

 しかも本人や助けられた人間は、その我儘を優しさと勘違いするから質が悪い。


「……ベリア様にはファーラシアの侯爵家から婿を出してくださるように、お働き掛けいただきたいと考えております。

 息子や娘はマウントホーク卿に仕えさせたい」

「まあ、下手に元皇女を手篭めにしたとか言われても困るわね。

 けど家宰職はハーダル家で継ぐべきだと思うけど?」


 ベリアを誑かして実権を握るよりも、マウントホーク家に登用された方が利益が大きいと言う判断は正しい。

 ベリアの領地がこのハーダル領とその周辺である以上、ここは敵国との最前線でしかも当主は相手側に同情的と言う不利な局面だ。

 ベリアが下手な行動にでて、結果、我が子が殉職とかは嫌だろう。

 対して、マウントホーク領なら内地の代官職に取り立てることになる。

 こちらとしても辺境伯家とのやり取りの裏事情を知るハーダルの血縁は囲い込みたい。

 他領に近い地域に配して、情報の封鎖が出来ないのは怖いのだ。

 ……もっとも。

 それ以前に、ハーダル伯爵家が旧主君筋を取り込んだと言う風評は困る話だろうしな。


 それよりもファーラシアから侯爵令息の1人でも引っ張ってこれば、婿兼当主代行はファーラシア側だが、当主と家宰が旧サザーラント勢力と言う図面が描き上がる。

 良さげな人間を見繕うのが大変だが、緩やかな同化と言うコストパフォーマンスの良い状況を考えれば、ハーダル伯爵の案を採用すべきだろう。

 しかし、家宰職を次代で放棄させるのは厳禁。


「……出来れば侯爵家の縁者を招いて引き継いでしまいたいのですが、そうもいきませんでしょうな」

「無理ね。

 民衆にファーラシア王国の侵略だったと思われれば反発を招くだけだし、ハーダル家でないならサザーラントでそれなりの知名度がある名門貴族じゃなくてはダメ。

 ……宛はあるの?」


 ハーダル伯爵の血縁であれば、新巫爵領の民衆に顔と名前が知れているし、その子供が家宰職を継げば、あくまで主体が旧サザーラント勢力にあるように見える。

 それでも子供に引き継がせたくないなら、名門貴族を引っ張ってくるしかない。


「ありません。

 今より戦況が悪くなれば、ベリア様の下に入ろうとする貴族も現れるでしょうが、それを誰が信用してくださると言うのでしょう」

「風見鶏は嫌われるからね……。

 私達は構わないけど、下手するとファーラシアから家宰を出す以上に、民衆から反発されるわね」


 プライドの高いサザーラント人としては、生まれが良いだけで誇りを捨てた相手に使われるのは我慢出来ないだろう。


「長男に言って聞かせます。

 家族揃ってマウントホーク領へ移住する計画だったんですがね……」

「それは災難ね。

 しかも当事者以外には想定外の利益を得たと思われるから、同情もされないでしょうし……」


 当初の予定では、ハーダル伯爵本人はゼファート直轄領の代官を数年勤めて引退。

 子弟はマウントホーク領で陪臣家を興して、ゆっくり運営していく傍目には没落貴族の未来だったはず。

 それがハーダル伯爵と嫡子の家族が、巫爵家の家宰を担い、残る子弟はマウントホーク領で分家を立ち上げるのだから栄転である。

 何せ、巫爵は大公相当の地位。

 その家宰なら王政や帝政国家の侯爵に匹敵する権威だ。


 ……まあ、本人が言うように実際は貧乏くじだけど。

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