第367話 ベリア皇女を諭す?

「……と言う具合に、敵軍は壊滅しているはずだから時間は稼げるわ」


 後始末をハーダル伯爵軍に押し付けたまま、俺は伯爵家の屋敷へ戻って、ベリア皇女とハーダル伯爵に報告を行う。


「…………嫌なものですわね。

 仮にも帝室の人間が、守るべき多くの臣民を犠牲にすることになるなんて」

「心中お察しいたします。

 しかし、皇女殿下」

「分かっています。

 立ち止まっていては、更に多くの民が犠牲になるのですから、私は正式にサザーラント帝として挙兵いたしましょう」

「お待ちください!」


 ベリア皇女の挙兵発言を慌てて止めるハーダル伯爵。

 まあ当然だわな。

 従来の伝統を重んじる貴族達は、正式に譲位されていないベリア皇女を認めるわけにいかない。

 かと言って、躍進したい新興貴族や下級貴族達はアイリーン皇女派に合流しているのだ。

 下手を打てば、ベリア皇女の配下はハーダル伯爵軍のみとかになりうる。

 アイリーン皇女を打倒し、ミルガーナ帝に勝てれば次期宰相も夢ではないだろうが、普通に無謀すぎる話だ。

 と言うか、


「そもそもあなたは兄の手を借りて、サザーラントを滅ぼすと言っていたじゃない」

「それでは更に多くの犠牲者が!」


 ……なるほど。

 先ほどの報告を聞いて、竜に頼る怖さを知ったと言うところか。

 だが、


「現時点で皇女殿下に与する諸侯は、私と従兄弟達くらいです。

 彼等とて絶対に味方してくれる保証もありません。

 ましてや、ここで皇女殿下が挙兵されれば、皇帝陛下を見限りアイリーン皇女派へ鞍替えする者も現れることでしょう」


 ハーダル伯爵はさすがに時勢が見えている。


「そうね。

 皇位継承者2人と敵対しているミルガーナに付いていても、次代の皇帝が読めない状勢では、場合によっては損害を被るかもしれないし、それくらいなら今からでもアイリーンに付く連中が出てくるんじゃないかしら?」


 俺もハーダル伯爵を後押しする。

 ベリア皇女の挙兵なんてされた日には、今以上の大混乱になる。

 そうなれば、現時点で静観している人間もゼファート守護竜領へ難民として押し寄せてくるかもしれない。

 計画的に移民させるならともかく、難民が大挙して押し寄せてくるなんてことになれば、治安も悪化するし国力も大いに下がる原因となるので、勘弁してほしい。


「しかし、このまま隠れ続けるわけにも……」

「皇女殿下。

 私達も民を見捨てろとは申しません。

 ベリア様の目前には、どなたが居られますかな?」


 "皇女殿下"から"ベリア様"。

 どうやら、ハーダル伯爵とは思惑が一致しているようで、少し安心した。

 これでハーダル伯爵が、ベリア皇女をアイリーン派閥に売り渡すようなら、にっちもさっちもいかなくなる所だった。

 どのくらいの期間匿っていたかは知らんが、直ぐ様突き出していない時点で、その可能性は低いと踏んではいたがな。


「ミフィア様?」

「ええ。

 全盛期のサザーラント帝国を、義勇兵だけで蹂躙してみせたゼファート竜の妹様です。

 これを天の配剤と言わずに何と言いましょうか」


 ……策謀だろ。

 マウントホーク辺境伯として、ハーダル伯爵と一計を講じていただけに突っ込みたい衝動を抑える。


 困窮民が増えれば、ハーダル伯爵家としても困るので、俺達が連れていってくれた方が助かり、マウントホーク辺境伯家としても、明日に不安を抱く人間は安く手に入る労働力なので嬉しい。

 今回はその大義名分造りのための策謀中であった。


「……そうね。

 兄の所までは連れていってあげる。

 後は、あなた次第だけど……。

 兄はニューゲート巫爵から、援助を求める人間を追い返すのをやめたいと嘆願されているらしいわ。

 竜の下に付けないと言うなら、それもあなたの選択だけどね」

「…………しばらく考えさせてください」


 念のために、目の前の選択肢を明確にしてやる。

 下手な方向に突っ走られても迷惑なのだ。


「あまり時間はないわよ?

 ユーリスはマウントホーク軍を率いて、ニューゲート方面から侵攻する準備を進めているもの」


 戸惑う少女に、更に追い詰める情報をぶつける。


「何故!」

「先に攻撃してきたのはサザーラント帝国の手勢よ?

 アイリーン皇女派だろうと関係ないわ。

 歴史には終戦交渉を不履行にしたのは、サザーラント帝国と言う事実だけが残る」


 批難しようとするベリア皇女に、残酷な真実で畳み掛ける。

 この皇女がどのような選択をするにせよ、今までのような優しくて狭い世界では生きられないのだ。

 サザーラント帝国は、既に中央大陸の主軸となる国ではないのだから。


「ベリア様。

 私達はゼファート様の元に降りたいと考えております。

 しかし、サザーラントの元伯爵に過ぎない我々では、巫爵位を授かるには権威が足らぬことでしょう。

 ハーダル伯爵家はこの地を放棄し、民を連れて移住することしか出来ません。

 この地は権力の空白地となり、荒らされるに任せることになるのです」

「……そうね。

 少なくとも兄が、この地を欲しがることもないし、ルシーラ王国も負担の大きな内地の領土は求めない。

 アイリーン派閥も、ゼファート守護竜領とルシーラ王国に挟まれたこの地を欲しがるとは思えないし……」


 ハーダル伯爵の話術に乗っかることにする。

 そもそも俺達は、ベリア皇女がこの地にいるとは知らなかったし、ハーダル伯爵もベリア皇女の正体を隠したままに、ゼファートの元に送る予定だった点を考えれば、現在の領地を捨てる気はなかったと思われる。

 推測にはなるが、ハーダル伯爵達はベリア皇女とは別ルートでゼファート守護竜領に亡命。

 現領地をゼファートの直轄地にして、ハーダル伯爵は代官として赴任と言う流れだろう。


 俺達もこの地そのものは欲しくないが、ルシーラとの交易路としては占有しておきたいのだ。

 想定外の流れとは言え、今の状況は互いに都合の良い方へ誘導出来るので、少しばかり伝える情報を絞らせてもらう。


「…………」

「ひとまず、今は少し考えなさいな?

 少なくとも今日は泊めてもらうつもりよ?」

「そうですな。

 誰か、ベリア様をお部屋へお連れしろ!」


 どうやらハーダルも他に打ち合わせたいことがあるようだと思われる。

 ここからは黒い大人の話し合いの時間だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る