第355話 穴熊
『仕事とプライベートはしっかり分けて考える』
一通りの説明が終わった段階で出た結論が、それであった。
シュールが説得されてどうする?
と文句を言いたいところだが、マナの言い分が正しいので、沈黙と言う形で肯定する。
変なことを言えば、自身の株を下げるだけだ。
「さて、ユーリカはまだお茶会から戻っていないが、俺のこの1年の行動を……」
「別に良いよ?
ダンジョンに潜っていただけでしょ?
貴族になったのに、何で冒険者みたいな生活? とは思うけど……」
娘にこの1年の行動を報告しようとしたら、あっさり断られた。
と言うか呆れられた。
「……それはですね。
王家からマジックバッグを大量に納めて欲しいと願われており……」
「それ建前でしょ?」
シュールが言い訳をするが、即座に見破られる。
俺としては10歳の娘が建前とか理解していることが悲しい。
「……そうですね。
しかし、辺境伯家の発展のために、多くの資金を得る必要があったと大々的に言うわけにはいかないのですよ」
「そんなことが広まると、"穴熊辺境伯"なんて言う人間が増えるもんね?
私だって、穴熊呼ばわりされることがあるんだから」
「……」
それはお金を稼ぐ必要もない辺境伯令嬢のマナが、好んでダンジョンに潜りまくっているからだと思うが、指摘する度胸はない。
シュールも沈黙しているので同意件だろう。
……と言うか、貴族家の当主でも趣味と実益を兼ねて、ダンジョンに潜ることが推奨される世界で、穴熊呼ばわりされる令嬢って何だよ!
「マナ?
これは地球のヨーロッパに昔いた貴族達の話だよ?
その上で聞いて欲しいんだが、彼らは貴族の嗜みとして狩りの腕を競った。
と言うのは、それこそマナの言う建前で、彼らは自分達の小遣いを得るために狩猟をしていた。
領地で交換すれば、肉や毛皮を供給出来るしな」
「前置きいらない。
……ダンジョンに潜るのも本来は貴族の仕事?」
俺が言おうとしている内容を理解して、先回りをするマナ。
だが、その発想は危険だ。
「仕事にしてしまうと侮られる原因になるから、あくまでも趣味。
と言うべきだが、似たような物か……」
「似ていないですよ!
殆んどの貴族は身体を鍛えるために、趣味でダンジョンへ潜っているんです!
その際に倒した魔物のドロップ品が手に入りますが、ハンティングトロフィーとして持ち帰るだけですからね?」
俺はマナの言うことに同意しようとしたが、横からシュールが口を挟む。
「どうせ換金して、次年度の予算に組み込むんだろう?」
「そうですけど、同じ魔物を何体も倒しても自慢にならないので、最も良質な1つを除いて売りに出してあげていると言ってください。
あくまでも貴族は趣味で得た物を施していると言う立ち位置です」
貴族が家計の足しにするために、ダンジョンに潜っていますとは言えんからな。
……まあ、これは下級法衣貴族の話だ。
「分かったよ。
だが、領地貴族でダンジョンに潜っている率が高い俺を、穴熊呼びしたい気持ちも分からんでもない」
「……辺境伯家は事業の一環としてやっていますからね。
大多数の貴族から見たら、不公平を感じることでしょう」
だからと言ってそれを口に出せば、戦争になってしまいますが。と続けるシュール。
それ以前に情けなさ過ぎる。
自分達にそれだけの予算編成が出来ないだけだろうに、出来る人間を貶してもろくなことにならん。
「さて、俺達で盛り上がってすまん。
とにかく、表立って穴熊呼ばわりされることはまずないし、その言ってる貴族の子供は、何処の家の者か教えてくれるか?」
「いや、言えないよ?
そんなことしたら、その家を攻撃するんでしょ!」
「……ラロルのブレッシェ家と名乗っていました~。
その取り巻きもですね~」
「レナ?!」
拒否するマナに対してあっさり答えるレナ。
その様子に驚くマナだが、
「サンキューレナ、ラロルに抗議でも送っておくわ。
それとマナ。
別に攻撃はしないぞ?
ただ、この家はダンジョンに潜る重要性を理解していない家だと、周知するだけの話だからな」
「それで不幸にするのは違うと思う!」
「マナ。
そういう考えはより多くの人間を不幸にするぞ?
変な場所で今の発言が広がれば、もっと多くの人が不幸になるかもしれない。
被害が少ない内に対応する能力を身に付けなさい」
悪い例えだが、腐った野菜は周囲の野菜も腐らせるのだ。
隔離するか、処分するしかない。
「……あうぅぅ。
けど……」
「……マナ様、何も起きませんよ?
初犯なら厳重注意の話です。
……まあ、ダンジョンに潜るカリキュラムがある学園で、その発言が注意されていないならそちらは問題ですが」
気を効かしたシュールがフォローしつつ、学園の問題点を上げる。
……来年は後半、マナを休学させる予定だが、将来的には働きかけんといかんわな。
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