第354話 約1年ぶりの再会
「ただいま戻りました。
お父様?
何故、このような人の目のあるところでお仕事をなさってますの?
非常識ですわよ!」
温かい感動の再会を期待した俺の元に、飛びこんできたのはマナ自身ではなく、その身から発せられる冷たい視線と叱責の言葉であった。
……あれ?
「シュールも!
あなたがお父様を甘やかしてどうするのですか!
2人とも執務室に付いてきなさい!」
そう言って先陣を切るマナを呆然と眺めていると、
「きびきび歩く!」
「「はい!」」
娘様から鋭い指示が届くのであった。
「全く!
パパは何をやってるの?
玄関や廊下は公の場よ?
そんな所で、書類仕事をしながら娘を待つなんて恥ずかしいことはしないでよ!」
執務室のソファーに座り込み、呼び方が"お父様"から"パパ"に戻った娘様だが、その怒りが収まる気配はまだ遠い。
シュールと共に、床に正座で叱られるありさまである。
「お姉様~。
そのくらいにして~、これを~」
「……そうするわ」
遅れてやってきたレナが、図のような紙を渡すとマナから正座を止めて良いと言う合図が来る。
「この家の見取り図だな?」
「ですよ~。
リッドから~、貰ってきました~」
それに何かを書き込み始めたマナを眺めて呟くと、レナが何処から持ってきたかを明かしてくれる。
「……写しの1つでしょうね。
それにしても、何故あれほどお怒りなのか……」
「シュールも分からんのか?」
「はい。
我が家でも、姉達が帰省すると聞いた父が中庭で待つのは良くある話でした。
仕事を中断して迎えに出ても誰も目くじらをたてたりしなかったのですが……」
「……そうか。
本当に何故だろうな?」
こういうことに詳しい元公爵令息にも分からない何かがあるようだ。
そうこうする間にも着実にペンを走らせるマナ。
そこには、
「丸に三角とばつ。
記号だな」
「……そうですね。
玄関に近いとばつで、奥に近いほど丸が多くなるようですが……」
……確かにそういう傾向がある。
同じ客間でも玄関に近い方の客間がばつで、奥の客間が三角。
もしかして、
「外面を取り繕う場所がばつと言うことか?」
「正解。
正確にはプライベートの場所が丸。
三角は時と場合に依るってやつ」
なるほど。
当たり前っちゃ当たり前の話だな。
玄関や廊下には他人の目があるんだから、取り繕うのは必然。
だが、
「別に玄関で仕事をしても問題ないんじゃないか?」
「そうですね。
人目を避ける部類は持ち出しておりませんし……」
「ダメに決まってるでしょ!
屋敷の主が玄関で、適当に仕事をしているように見えたら、皆が不安になるじゃない!」
……ああ、そういうことか。
「確かに外部の客人には気を付けていたけど……」
「兵士や侍女達の視線は気にも止めておりませんでした」
「もう!」
俺やシュールの言葉に腰に手を当てて怒るマナ。
……しかし、そこまで重要か?
シュールに視線で問うが返答は否定。
「お父様~。
お姉様は~、最近~王族の~、教育を受けているんで~すよ~」
そんな俺達にこっそり耳打ちしてくれるレナ。
「……なるほど」
「……どう言うことだ」
レナの情報提供に納得のシュールと疑問符の俺。
「王城であれば、周囲にいる家臣も貴族家の人間です」
「
「正しく言えば、本家に近い立場の貴族出身者と言うべきですね。
法衣貴族であれば当主本人や、家を継ぐ可能性がある長子。
侍従や侍女ならば、状況によっては婿入りや嫁入りで爵位に関わる上の方の兄弟です」
「……つまり、ああいう書類の中身を理解するだけの素地があるのか」
「はい」
俺やシュールの感覚では、人目に触れても問題ない書類ってのは、決算書のような数字の集まりのようなモノで、それなりに予備知識がないと分からない類いだ。
専任の人間しか分からない書類等見られても困らないが、王城で働く侍従や騎士は貴族であり、自分もその手の書類を処理するから理解出来る可能性がある。
「これも王家と貴族家の差だろうな。
さて、どう説明するか……」
「聞こえてるわよ!
私が怒っているのは、娘に早く会いたいからって、あんなところで書類を見てたら、適当に見ているように見えることによ!」
「「……ああ。なるほど」」
声を荒げるマナの言い分に今度はシュールと同時に納得する。
正直な話、俺は自他共に認めるお飾りだ。
御輿に担いで、あれこれと自分達では、どうにもならない事態の解決を願えば叶えてくれる。
ご利益のある神様のようなモノ。
俺の認識はその程度だし、シュールも似たような認識だと思う。
だが、普段実家にいないマナは、それを知らないのだから真面目な当主がサボっていると見ても不思議ではないのだろう。
さて、
「……お嬢様。
あのですね……」
シュールに圧を掛けて説明をさせる。
俺が言うよりも第三者が言う方が効果的だろうから……。
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