第352話 領地のお話

「何があったのです?

 暗い顔でやって来たミカゲ子爵様が、更に暗い顔で帰っていきましたが?」


 批難めいた口調で訊ねて来るのは、異世界人同士のやり取りに気を使って、席を外していたシュール。


「うん?

 大した話じゃないぞ?

 嫁と領地の好きな方を取れと言われて悩んでいた子供相手に、偽造工作をすれば乗り越えられると唆しただけだ」

「……普通に庇ってやれば良いではありませんか。

 閣下にとっては数少ない同郷の人間でしょうに」


 ……こいつもやっぱり高位貴族の出なんだな。


「何をお行儀の良いことを言っているんだ?

 仮にだが、庇えばミカゲ子爵は辺境伯家の手下と言う認識が広がるだけだ。

 ……弱点を兼ねたな」

「何を言ってるんです?

 仮にも貴族同士で、手下などと言うことは……」


 生まれながらにある程度の権威を持っている者の発想。


「シュール。

 お前の発想は最初からある程度の血筋が保証されていることが前提だ。

 少なくとも、俺と御影のどちらかがそうでなくてはならない。

 でなければ御影の立ち位置は、御影以外でも問題なくなってしまう」

「どういう意味です?」

「友人が成り上がって、その友人によって地位を与えて貰った男であれば、それが御影である必要がない。

 例えば、平民の男が高位貴族の令嬢に見初められて、地位を引き上げて貰うなら、本来接点のない相手の関心を買うだけの"何か"があるのだろうと、大衆は思うだろ?

 だが、成り上がった同階級の知り合いに、引き上げて貰った男では、本当に"運が良かっただけの人間"になってしまう」


 多くの人間が思うだろう。

 自分が御影の立ち位置にいれば、もっと上手くやれるってな。


「中には自分ならもっと優秀だと言う思い込みから、可哀想な俺達を助けよう、とする善意の協力者が現れるかもしれんな」

「……」

「その善意は下心を隠すモノだろうが、身勝手な善意であっても善意を悪意で返すことは出来ない。

 善意の皮を被った攻撃をいなすことが、御影達に出来ると思うか?

 連中がつつかれる度に助勢するか?」


 そんな歪な関係は、何時か破綻する。

 それよりも、自力で立てるように助言した方がずっと良い。


「……御影が俺に依存すればするほど、周囲はミカゲ子爵を侮り、更に強い攻撃に晒される、だからより多くの労力でアイツを守ることになる。

 これを弱点と言わずに何と言う?」

「だから、偽造工作ですか?」

「別に偽造でなくても良いが、何らかの特別なモノを示せと言う話だ。

 それが出来なければ、辺境伯家から切り離す」


 これはレンターなりの温情なんだよな。

 ミカゲ子爵として立つために高位貴族と結ぶか、平凡な1貴族としてやっていくか。

 選ぶ権利を与える分だけ、優しくて残酷な話。


「一番楽なのは、王から命令を受けることだよな?

 だって、離婚だろうと領地替えだろうと王命ですって理由があれば、批難されないんだから。

 ……狙ってやってるかね?」

「どうでしょう?

 そこまで気を回してはいないと思いますよ?

 他の貴族のやっかみが酷いから、対処しようくらいの発想ではないですか?」


 御影を育てるために、敢えて悩ませたのかと訊ねるが、シュールの答えは簡潔にそこまで考えていないであった。


「……まあ、王と親交があると言っても子爵家だからな。

 ……念のため、サポートをしてやってくれ。

 下手な解決をするとこちらに迷惑だ」

「……そうですね。

 どうせなら、リッド殿の又従妹の娘とかどうですか?」


 リッドはジンバル侯爵家の縁者だから、そこと繋がっていると言うのは便利だし、我が家でも重鎮となる人物なだけに辺境伯家の意向を通しやすくなる。


「……良いな。

 違和感もないし、より辺境伯家に引き込みやすくもなる。

 御影の側室にベイス家の人間もいるから、東部統制に利用するって方便は立つか?」

「やっておきます」


 どうせなら、ベイス伯爵家も巻き込んでしまえば、何処からも攻撃を受けることがない防壁になる。

 そう思って口にすれば、シュールも心得た者で、あっさりと調整を請け負ってくれた。


「……ついでに子供の代で嫁の家を領地貴族として独立させるか?」

「それはダメです。

 ミカゲ子爵の奥方は、ホウバッハ家のゲーテ殿。

 ジンバル宰相と繋がった上で、彼女の子供を独立させれば、ホウバッハ家がミカゲ家より上になる可能性がありますので、やらない方が良いでしょう」

「ゲーテは男爵位だぞ?」


 子爵の本家を越すことはないだろうと思うが?


「それでもです。

 次男なりの独立時に子爵に上がって、追い越すのがオチですから絶対に止めておくことです。

 孫の代くらいまで待つべきですが……」

「その頃に領地独立なんて欠片も旨味がないんじゃないか?」

「そうですね。

 法衣として安定しているなら、領地貴族に転向するのはお薦め出来ません」


 配下の数とかグッと増えるから、どうしても新旧の家臣に溝が出来る。

 加えて業務内容の変更で、苦労するのはあまりにも馬鹿らしい。


「じゃあ、それはそのまま放置で……。

 こっちから指示してやれば、御影も腹を括って動くと思うから頼む」

「了解しました」


 これで片付くだろう。

 ……勇者連中への懸念はこれで解消かな。

 4人の中坊達の顔を思い浮かべて、俺は冷めてしまったお茶を啜るのだった。

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