第351話 寄子の話

 来年の見通しも立ち始めた年の瀬。

 辺境伯家の王都別邸には珍しい客がやってきた。

 ……この別邸。

 商談や取引に訪れる王国の使者や高位貴族の縁者。

 何故か金を無心出来ると考える下級貴族や変な投資話を持ち掛けてくる商人ばかりで、異世界人の知り合いが個人的に訪ねてきたのは初めてなんだよな……。


「……いや、敷居が高いんだよ。

 パーティーの招待とかでも近寄りたくないんだけど?」

「そういうものか?

 他の連中よりも、気軽に立ち寄れば良いんだぞ?

 御影は俺の寄子になるんだから……」


 目の前の相手に、それを指摘すると嫌そうな顔でそんな言葉が返ってくる。


「そうなんだろうけどさ。

 師匠は王国一の貴族で、うちは数ある子爵家の1つだろ?

 腰巾着とか言われるんだぞ……」

「言わせておけよ。

 数あると言っても東部閥に属する貴族は、俺とお前にベイス伯の3つだけなんだし」


 そういう意味では、東部は本当に歪だよな。

 日本の会社で例えるなら、俺はファーラシアと言うグループの中にあるマウントホークと言うグループ会社の社長。

 マウントホーク社にはベイス伯爵と言う部長と名ばかり課長のミカゲ子爵がいる状況だろ?

 対して、他の地方は侯爵と言う支社長の下に、数人の伯爵と言う部署長。

 その下に係長相当に属する子爵や男爵と業務管理を行う騎士爵達。

 ……辺境伯である俺が頂点にいるから、本来なら部署長クラスの伯爵位が部長級に格上げされているな。


「まあ既に手遅れなレベルで、嫉妬を集めていることだろうな。

 子爵なのに経済的に裕福で領地の立地も良い。

 上にあれこれ指図されることもなくと言う状況」

「……」

「……これはレンターの采配ミスだと思うぞ?

 差別的に聞こえるかもしれんが、御影の所は嫁さんが子爵位預かりとは言え、高位貴族の出ではない。

 それが不利を招いているのだ。

 御影本人に突出したモノがない以上は、嫁の血筋とかで下駄を履かせられないから厄介な話になる」


 人間は自分より下にいた者が上に立てば、憎悪する生き物だ。

 本人なりに、それを誤魔化せる理由を与えてやらないと、その感情が消えることがない。

 その最も簡単な手段が上位者との縁戚関係だろう。

 追い越した相手を"運が良かっただけの幸運な奴"と思うことが出来れば、能力的には下だとか、自分に言い訳して飲み込めたりする。

 心の中でマウントを取らせておけば問題ない。

 ……表に出すやつは論外だが。


「俺のようにダンジョンを突破するか、魔物の領域を解放するか?

 ミカゲ子爵領の近所にも、幾つか小さいのがあるだろ?」

「無茶言わないでくれよ」


 これも対処法の1つ。

 絶対に勝てないと思わせれば、憎悪することに疲れて抑えるのも人間だ。

 台風や津波を身体1つで止められると考えるバカは滅多にいない。


「そうか。

 しかし、何でこんな変な流れになった?」

「師匠が活躍しすぎたからだって言われたぞ?

 当初の予定だと、今頃は水晶街道の運営が本格化したくらいの計算だったって言う話だけど?」

「何だ?

 王宮に寄ってきたのか?」


 その辺の事情はレンターかジンバルじゃないと知らないはずだし。


「元々王宮に呼び出されたんだよ。

 領地を替えるか、嫁を替えるか選べってな!」

「……なるほど。

 それでうちに来たんだな。

 どうしたら良いか分からなかったっと」

「……いや、別れる気はねえんだ。

 だけど、俺にも兵士やその家族がいるだろ?」


 ……十代半ばにそんな状況で決断する勇気はないわな。


「……そうだな。

 確かに俺のせいと言えばその通りだし、相談に乗ってやりたい所だが。

 どうしょうもないと言うのも本音だな」

「師匠……」

「情けない声を出すな。

 そもそも原因は、南部との抗争で想定よりも多くの人間がマウントホーク領に流れたせいだ。

 言うならば王宮の見込みが甘かったとも言える。

 レンターにその事を言えば、どうにかなるだろう。

 ……嫁の血筋を改竄させるなり、何処かの貴族と養子縁組をさせるなりすればどうとでもなる」


 御影の方を弄るのは難しいが、相手はそれなりの歴史がある貴族だろうし、どうとでもしてくれるだろう。


「改竄って」

「数代前の人間を、高位貴族の庶子にでもすれば良いだけだ。

 王宮主体なら難しい話じゃない。

 ……辺境伯家じゃやらないがな」

「何でだよ?」

「ろくでもない交換条件を付けられるからだよ。

 子爵家くらいの家格なら、条件無しで助けても問題ないが、辺境伯クラスの家を見返り無しで助けると、変な勘繰りを受けるかもしれんからな」


 辺境伯家に弱みを握られてるとか思われると本当にめんどくさい。


「まあ良い。

 現状維持をしたければ、多少の悪さには目を瞑るくらいの計算が出来るようになれよ?」

「……」


 沈黙する御影には悪いが、人は常に選択肢を突き付けられている。

 貴族ならその選択の責任が重いのも当然と言うただそれだけの話なのだ。

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