第353話 異世界貴族事情 夜会

 辺境伯家の所有する中でも1番豪奢な馬車が、別邸の門を潜って、玄関先に停まる。

 ミーティアに遣いに出されていた馬車。

 ……娘達の帰宅である。


「……物語とかだと久し振りに帰ってくる子供を両親が出迎えるんだがな?」


 ダメ元でシュールに今日の仕事を打ち切りたいと主張するが、


「物語は物語、うちはうちです。

 エントランスでの書類確認でもかなりの譲歩ですよ?」

「だよな……。

 後少しは後少しだし、どうにかマナ達の身支度が整うまでに片付けよう」


 あっさり断られたので、気持ちを切り替える。

 一目顔が見たいと言う主張が通っただけでも、家臣側の譲歩による物だ。

 その俺の我が儘で、一部家臣が徹夜しているらしいし、これ以上文句は言えん。


「……そうですね。

 まあ、頑張ってください」

「何だよ?

 その言い方が怖いんだが?」


 含みがある発言に、嫌な予感を覚えれば、


「今やっている仕事は年内に片付ければ良い領地の整備計画です。

 人目に触れても良い仕事がこれしか残っていなかったので……。

 ですが、上級貴族家の当主である閣下に回ってくる仕事の中では、お手元のような人目を気にしない書類は圧倒的少数派だと分かりますか?」

「ああ。

 もう聞きたくない!

 嫌な予感しかしない!」


 思わず耳を塞ぐ。

 我が儘のツケは予想以上に大きそうだ。


「特に王宮に提出する書類と言うのは、期限がシビアです。

 明日までに仕上げないといけない書類が30枚ほどありますが、家族との交流を優先しますか?」


 やっても良いけど徹夜だぞ?

 と言う濁された後半の言葉まで良く分かる。


「……良いさ。

 娘と話をすることを優先する!

 だから仕事はこれで終わりだ!」

「……分かりました。

 ……頑張ってください」


 あ、手伝ってはくれないのね……。

 10歳の子供とは言え、新妻のいる新婚だしな。

 ……つうか、うちの娘と同い年じゃん!


「……どうせ数日、不眠不休でも問題ない身体だ。

 ここが頑張り処だろう」

「……。

 ……そうですね」


 シュールの反応を見るに、ロリコンかよ! って言う感情が表に出ていたかもしれんが、見逃してくれるようなので、それに乗ろうと思う。


「……しかし、遅いな」

「……そうでもないと思いますよ?

 令嬢の降車となると、馬車内で着替えるのが普通ですから、到着後1時間は普通です」

「そうなのか?

 去年はこっちから迎えに行ったから意識していなかったが……」


 別邸とは言え、実家に入るのに着替えとかあり得るのか?

 と思いながら去年のことを思い出す。


「去年は『赤い湿原』解放作戦の作戦行動中ですから、令嬢ではなく武官扱いのままこちらに来ましたからね。

 戦闘用の法衣で問題ないですが、今回は普通に令嬢として移動していますので……」

「そういうことか……」


 それにしても効率の悪い話だ。

 移動中に着替えれば、……ダメだな。

 世界的にも揺れの少ない日本車だって、移動中に着替えるのは相当難しいだろう。

 例えスペースがあってもだ。

 その数十倍は揺れる馬車で着替えとか無謀すぎるし、着っぱなしで移動中に変な皺とか付いても悲しい。

 だが、


「王都内の移動は着替えないよな?」

「高位貴族の場合はですがね。

 王城からも近いですし、馬車移動が出来ますので……」

「うん?」

「下位の貴族は、会場の控え室で着替えているんですよ。

 徒歩で登城しますし、自分のドレスは当日朝に侍女に持たせて運び込ませます。

 余裕のない家ですと、早めに自分のドレスを持って登城する方もみえましたね」


 人手不足ですから、侍女を待機させると本来の業務が回らないんです。

 と続ける。

 さすが元王宮騎士所属。夢も希望もない貴族の裏事情に詳しいやつだ。


「舞踏会って言うと紳士淑女が朗らかに笑いながら、ゆったり入城するものだと思っていたよ」

「確かに高位貴族はそんな感じですね。

 私も昔は同じことを思っていました。

 ですが、下位の貴族令嬢にとっては、そんな楽なものではないのですよ?

 ドレスではないので、正門からは入れませんし、専用の出入り口は目立たないような場所にありますから、同性の方から教えて貰わないとダメですし、何時頃から高位貴族の会場入りが始まりそうだと言う情報を得て、それに合わせて着替えをする必要があります。

 控え室近辺での、哨戒に当たるとそう言った情報提供も仕事の内ですから、舞踏会の日の警備担当は貧乏くじでしたよ」


 遠い目になるシュール。

 幾ら本来公爵令息と言っても、公的には騎士だから男爵令嬢以下だもんな。

 恨まれないように必死になったことだろう。


「俺らが入場までにお茶菓子でもてなされるのは……」

王宮ホスト側の配慮ですよ。

 令嬢達の準備がある程度整うまで、高位貴族を留めおいているんです。

 そういえば、王族も大変ですね。

 有力諸侯が全員入場するまで、上座の裾にある狭い控え室で待機ですよ。

 しかも、トイレを避けないといけないので、飲み物もなく、幼い王族の方にはたまに脱水症状で倒れる方もいるとか……」


 ……何でそこまでするんだろ?

 とさえ思うが、それも王族の務めなのだろう。


「その点、貴族は楽だな。

 最初から舞台入りしていて、来た客毎に対応すれば良いんだから……」

「そうですね。

 ただ、それも辺境伯家が隆盛を誇っているからですよ?

 訪れる客が少ないのは恥ですから、凋落気味の貴族は胃が痛い夜になるものらしいです」


 ……本当に何でそこまでするんだろ?

 苦笑いをするしかないシュールによる異世界貴族事情令嬢編はマナ達がやってくるまで続いたのだった。

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