第344話 謀略の姫

「今回は大変助かりました。

 ご協力に感謝します」

「それは良かった」


 ユーリスに戻った俺の前で、ヒィッツ・アストンと名乗った近衛騎士が、頭を下げてくるので鷹揚に頷く。

 まるで、最初から近衛騎士の要請で動いていたような茶番だが、相手の助け船に乗っただけと言うのが真相である。

 ヒィッツが用意してくれたカバーストーリーはこうだ。


 爵位を剥奪されたはずのケムーリニが、相も変わらずマカレール男爵を名乗り、タカり染みた手法で飲食を繰り返していた。

 それどころか最近は、人攫いにも手を貸している節がある。

 そんな内情の分からない庶民は、マカレール男爵家を批難。

 情報を得たケイン・マカレールは実家の家臣身内を主軸に組織した従士隊で取り締まるものの……。

 警備隊の仲裁を受けている内に逃げられることが繰り返されていた。

 内通者の存在を疑ったケインは、騎士団の監査役でもある近衛遊撃隊に陳情。

 その協力者として、『狂麗』のミフィアが選ばれたと言うものだ。

 ヒィッツ曰く、


「元々、要請に行く予定だった案件の順序が入れ代わっただけです」


 とのこと。


 それでは何故この場で改めて説明されたかと言うと、


「家宰殿にもご納得いただけたでしょうか?」

「……そうですね。

 元貴族が暴走すると言うのは良くある話ですし、放置すれば国中の貴族の権威を落とす原因ともなりますからね」


 何故か王都別邸にやって来ていたシュールが横に座っているから。

 俺がダンジョンから解放されたので、暴れ出す前に手綱を握りに来たらしい。

 暴れ馬のような言い分に腹が立つが、シュールがいないからと、食べ歩きに出た直後だけに反論できん。


 ……ヒィッツ達がフィアーナを放置するわけだ。

 傀儡を使って情報網を敷くアイツは、シュールの王都到着も知っていただろうし、近衛騎士をベストタイミングで介入させることも俺をケムーリニに絡ませるのもお手のものだろう。

 すべての筋書きがあの末っ子の手の中にあったわけだな。

 マジでトルシェ2号かよ!


「ご協力に改めて感謝をいたします」


 そう言って去っていくヒィッツを見送ったシュールは、


「今回は成り行きとは言え、王国側に貸しを作ったので何も言いませんが、出歩く時は事前に調整してくださいよ」

「……ああ」


 と釘を刺してくる。

 どうやら内幕もしっかりバレているらしい。

 ただ、シュールも俺に負担を掛け過ぎたと言う罪悪感からお目こぼししてくれるようだし、やはり元凶はトルシェか。


「さて、これからの行事調整ですが、閣下はユーリカ夫人様と共に、明日私と一緒にドラグネアへ向かって貰います」

「……意外だな。

 俺はともかくユーリカには王都で茶会を開いてもらった方が利益になるだろうに……」

「さすがに辺境伯家幹部達の結婚式に、夫妻が参加されないのは外聞に関わりますよ。

 それに大半の高位貴族が、ドラグネアに集まりますので、あちらでお茶会を開いていただいた方が良いとも考えています」


 幹部の結婚式と言うことは……。


「私も結婚しますし、後は幹部達が軒並み。

 レオン殿はエルフ族ですので、今回は見送りたいとのことですが……」

「レオンはな……」


 あれは良く分からん。

 正直な話、イグダードに住む他のエルフと比べてもかなりの変わり者。

 ただの剣術バカと言えばそれまでだが、何があそこまでアイツを駆り立てるのやら……。


「……そうですね。

 あの人は本当に分からない。

 今もダンジョンに篭っているんですよね?」

「たぶんな……。

 少なくとも俺より長いダンジョン生活は間違いない」


 俺が『鬼の祠』にて稼ぎ始めた直後に、10人程度の同類を引き連れてやって来たまま、ベースキャンプに住み着き、あっちはあっちでダンジョン生活をエンジョイしていたらしい。

 俺は、20層辺りでボッチ生活だったので関わっていないが、フィアーナがだいぶ良くしてもらったと言っている。


「……まあ、良いんだがな。

 稼いで辺境伯家を潤してくれているのも事実だし」


 少なくとも17層辺りで修行と称して暴れているので、衣食住の補助と多めの給金以上の利益をもたらしてくれている。

 本音ではああいう武闘派には、開拓村のリーダーとかをやってほしいんだが、それでヘソを曲げられると面倒なので、何も言わないだけである。


「そうですね。

 向こうもベースキャンプを利用できる利点を弁えていますし、彼がダンジョンに潜るのに限界を感じてから新しい仕事を振ります。

 名ばかり従士長の自覚もありますし……」

「下手に野心的な人間を据えるより仕事を回しやすいのは事実だしな」


 貴族として歴史を作っていけば、事務や政略を重視した人間が従士長になっていく。

 軍務のまとめ役が前線に出る必要はないし、それで死なれても困るのだ。

 だが、今の時点では、元冒険者をまとめ上げるある種のカリスマさえあれば、その他は要らない。

 むしろ、中途半端な政務知識で隊の運営をされた方が困る。


「それで、今回結婚する人間は何人だ?」

「私を含め8人です。

 殆んどは私直属の部下達ですから、閣下はすました顔で来賓席に座っていてくだされば問題ないですが、エミルだけは一言祝辞をください。

 グリフォス撤退を自己判断で行ったために、文官側がつつきかねないので……」

「相手は女性だよな?」


 女装癖等にとやかく言う気はないが、従士隊の幹部として、家を存続してもらわないと困るので、そこは要確認と思ったのだが。


「大丈夫ですから、彼は可愛い服装が好きなだけで男性が好きではありませんから」

「頼むぞ?

 最悪、姉の子供を養子縁組みさせるしかないと思っていたが、母親なしで父親2人の家庭に子供を放り込む無体な真似はしたくないからな?」

「…………私も嫌ですよ」


 シュールも心底疲れた表情なので、問題はないかなと思う。

 グリフォスの件は、


「むしろ、良くやったと思っているんだが?

 あの状態で戦線維持とかの方が、コストが嵩むのに、理解できない文官がいるのか?

 ……解任した方が良いな」

「若い文官ですので教育すればどうにかなると思いますよ?」

「じゃあ、任せる」


 これでシュール経由で、むしろそんな時勢が読めないヤツこそ問題じゃないかと俺が考えていると伝わるはずだ。

 それで武官贔屓だと出ていくなら、それでも惜しくない人材だな。


「事前連絡はこれくらいでしょうか?

 ユーリカ様にはご連絡済みですので、今日は早めに休んでくださいね?」

「……ああ」


 竜としての能力が上がったので、数ヶ月不眠不休の無飲食でも死なないが、それを言った日には地獄の事務仕事が待っているので、素直に受け取っておく。

 ドラグネアがどうなったか。

 ……楽しみだな。

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