第345話 シュールの結婚式

「……ここにレッグ家とジリンダム家が家族となったことを司祭エキセルの名の元に、主へご奏上願うことを誓います」


 ドラグネアに戻って半月。

 結婚式ラッシュも大トリのシュールが、主役となる今日の式で終了。

 これから数日間、俺はシュールが休みを取る分の穴埋めで書類仕事。

 ユーリカは自分が主体となるお茶会を、連日開催するラストスパートが待っているが、少なくとも今日までの大騒ぎよりはマシだろうと安堵の息を付く。


「……それにしても変な口上よね」

「新郎新婦が貴族の縁者だからな。

 大事なのは結婚した当人ではなく、互いの実家が縁を結んだと言う事実なんだろう」


 小さく呟くユーリカに、こちらも小声で返す。

 日本人の感覚なら、愛する2人を祝福してくださいとでも言って終わる結婚式だが、この貴族社会じゃ、当人達の感情はどうでも良いのだ。

 重要なのは、2人の実家が縁を結んだから、関係性が変わるぞと言う連絡。


「そもそも二十歳のシュールに10歳の正妻だからな……。

 正直な話、ジリンダム家は娘に花嫁修業をさせる余裕がないと言う暴露でもある」

「……そういうこと。

 だから、17歳の姉じゃなくて10歳の妹を嫁がせたのね?」

「ああ。

 大分調整が難航したんじゃないか?

 それに合わせて部下達の結婚も遅れたのだろうし、シュールもご苦労なことだ」


 相当な労力を要しただろうが、これはシュールとその実家に置ける内容なので、マーキル王国と諍いのあった辺境伯と言う立場上、労う訳にはいかない。


「……大変ね」

「そうだな。

 しかもシュールはこれから借金漬けだ」

「どういうこと?」

「まず、嫁とその手伝いと称してやって来る良家の子女達に教育を施す。

 名目上は働きに来ているので、給金も出さないといけないし、2重で金が掛かるわけだな」


 この世界では教育を受けること、その物がある種の利権なのだ。

 金や労働力と言った代償を支払ってのみ得られる権利だな。

 俺の主導した探索者養成学校だって、卒業後は探索者ギルドに加盟して、質の高い労働力を提供する枠組みになっている。

 今回のシュールが行う事業も似たようなモノではあるが、高い投資をするわけに、その回収はずっと後になる長期戦である。


「学びながらお金を貰うわけ?」

「給金と言う名目で支給されるが、実情は実家の貴族家への支援さ。

 令嬢達の手元には残らんよ」

「そうなのね……」

「お小遣いなしは、可哀想とかそういう話じゃないからな?

 令嬢達はタダで教養と将来のコネを得ると言う利益を得ている。

 それが出来るのは、彼女らの父親達が寄親のジリンダム子爵に頭を下げているからだし、貴族家の当主が頭を下げるのだから、部下に見える形で利益を示さないとならない」


 部下と言えど、数世代遡れば貴族家の血が流れている家があるのが普通。

 頼りないから交代してほしいと頼まれれば、動かざるしかない。


「ジリンダム子爵は、レッグ伯爵を赦すことが出来るので、悪化していた関係を復元できるだろ?

 そのレッグ伯爵は、シュールに助けて貰うので爵位をシュールの子供に譲る」

「風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話ね」

「間違っちゃいない。

 貴族社会ってのは恩の貸し借りの世界だしな。

 だが、1つだけ守らないといけない暗黙のルールがある。

 目上が目下から恩を受けたら、明らかに大きな形で返す必要があるってことだ。

 貴族でなくなった息子シュールに、爵位を贈るようにな」


 実際は、裕福な辺境伯家の家宰分家と凋落気味の伯爵家の当主だと前者の方が良い気もするが、世間一般では貴族になることは大出世である。

 同じことは今の状況にも言える。

 同時期の結婚で、上司であるシュールが部下の結婚式に出ないのは角が立つが、新婚中の部下がシュールの結婚式に出ないのは赦される。

 日本人から見ると不思議な風習である。


「けど、ジリンダム家はレッグ家を赦すだけよ?

 ジリンダムの方が下でしょ?」

「自分の孫がレッグ家を継ぐのだから大丈夫だ」


 それも込みでの利権だからな。


「……なるほど。

 相変わらずめんどくさい」

「言うなよ。

 俺もそう思うけど……」


 周囲が祝福ムードの中でも平常運転の俺達夫婦であった。


「まあ、俺はシュールに大金を貸すのだから、お小言の割合が減るかもと期待しておけば大丈夫だろう」

「あ、ユーリスが貸すのね?」

「当然だろ?

 給料から天引きで、利息なしの借金だからな。

 大分、シュールの立場は弱くなったはずだ」


 たぶん、きっと……。

 俺に潰れられても困るから、今まで以上に細かい小言が増えたりしないよな?

 ……止めておこう。

 こんなのは縁起でもない話だ。

 ただでさえ、最近お小言を言うヤツが1人増えたばかりだし……。

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