第332話 ラーセン イズ ア ワンダーランド

「何だ? これは……」


 たまに重要な式典とかで仮釈放されることはあったものの、狂信的な看守に見張られながら、約1年に渡る長い勤めを終えて、ダンジョンを出てきた俺は、馬車から見えるラーセンの異様に思わず呟きを漏らす。

 ドラグネアと違って、ラーセンは歴史のある街だ。

 高々1年ほど近寄れなかっただけで、建物が様変わりするような変化はないのだが、


「何で道行く人が老若男女問わず、ゴスロリ衣装?」


 皆がと言うのは語弊があるが、ざっと3人に2人程度の割合でフリルが大量に付いたゴスロリ衣装で歩いている。

 おっさん達はせめて脛毛を処理しろと言いたいところだが……。


「今、ラーセンから急激に勢力を拡大しているミフィアンと呼ばれる者達です」

「「ミフィアン?」」


 対面に座るリッドの答えに、ミフィアと同時に疑問符を投げる。


「ええ。

 始まりは、ミフィア様がアルフォード様を討たれたことに起因しますかな?」

「あれはユーリスの仕業よ?」


 穏やかな言い回しで説明に入ろうとするリッドに訂正を出すミフィア。

 いや、そこは重要じゃないだろ?


「その際かなり派手に暴れられたとか?」

「ああ。

 狂気染みた恐ろしい存在を比較的まともな物が管理していると言う状況を演出したかったからな」

「……は?」


 多分、シュールとかなら即座に理解するんだろうが、リッドはあくまで王都別邸の管理人だからな。


「非常識な癖に強力すぎて手が出せない相手がいる。

 そんな存在は恐怖でしょ?」

「だが、それを管理する常識人がいればそれが薄まる」


 さすがもう1人の俺だけに的確な理解をしている。

 そんなミフィアに続けてリッドに解説を行う。


「例えば強大な魔物を退治した英雄がいたとしよう。

 戦闘能力は高いが、貴族の常識を知らぬ一般人出身で……」

「良さげな例えね!

 他の貴族からしたら怖い存在よね?

 だって英雄だから民衆の人気があるでしょ?

 そんな人が、自分が一番強いから一番偉い!

 皆俺に従えって言ったら?」


 早速、ミフィアが乗っかって来るのでそれを続けることにした。


「全員じゃないかも知れないが、一定数それを信じる浅慮な人間が出てくるだろうな?」

「それは社会秩序の崩壊でしょ?」

「……確かに」


 リッドにも心当たりがあるようだな。

 まあそうだろ。

 実はこれ、結構色々な所で起こり得る問題なのだ。

 有能だが、犯罪であってもやってしまう上司がいる。

 外部から観れば、何であんな奴に従うの? と思って関わりたくないが、内部の人間は優秀なあの人がやるのだから、問題ないと誤認することがある。

 意図的にやってるなら、その上司を諌めれば良いが無意識だと手に負えん。

 そんな話はそこら中に転がっている物だ。


「それをどうするか?

 貴族社会の常識を持つ人間に制御させるのが一番コストパフォーマンスが良い。

 上位の貴族令嬢を嫁がせて、閨で団欒で洗脳していく」

「1人で足りなければ、2人。

 2人で無理なら更にと数を増やす。

 よほどの人間じゃなければ、多数から同じ言葉を受けるとそれに感化されるわ」

「これが英雄色を好むの1つの側面だ」


 貴族側としては貴重な血を取り込む意図もあるし、他にも利点は山ほどあるがそれは今回関係ない。


「私達がシュールやトルシェに頭が上がらない理由でもあるわ」

「そうだな。

 大袈裟に恐れて、周囲に認識させていく。

 俺達を制御できる彼らの存在は重要だと……」

「私達は常識の枷で縛られなくても動けるし……」

「シュール達は自身の地位を担保される」


 三方良しは近江商人の理念だったか?

 とにかく、社会秩序と俺達とシュール達。

 3つの存在は互いに共依存の関係性にあるのだ。


「話を戻すとな?

 狂気の竜姫を常識的な兄竜が責任持って管理してくれるんだぞ?」

「下手に手を出すより、そのまま管理を任せようとするのですな?」


 ……リッドも分かってきたな。

 一部の馬鹿者はともかく、まともな計算が出来る大多数は、その方針に舵を切る。


「しかし、現状は……」

「想定外よね……。

 何があったのよ?」


 ミフィアの狂暴性と王都の異変に因果などはあり得ない気がするのだが、


「ミフィア様はアルフォード様の騒乱時にその服を大変気に入っておられたとか?」

「いや、そんなことは……。

 あ!」


 そんな演出をしたなと思い至った俺はミフィアを注視する。

 こいつの衣装はセフィア時代の記憶に引っ張られている。

 もっと言えば、古代文明時代のウェディングドレスを元にしているのだが、ワンピースタイプのロングドレスに大量のフリルが施された物で……。


「生き残った冒険者達が親しい友人に送ったり、自身で着用するようになったのです。

 ミフィア様のお気に入りの衣装だからきっと守ってくださると……」

「……御守りかよ」

「まあ命懸けの仕事だからね。

 願掛けは必要かも……」


 古今東西この手のまじないは、人と言う生き物の習性なのかもしれないな。


「その後、経済的な理由と長い裾は不便であり、それを汚すのは不敬だと考える新ミフィア派と、やはり従来の服装である長い裾であるべきと定める旧ミフィア派に分かれ、旧ミフィア派は新ミフィア派を蔑意を込めてミフィアンと称しました。

 そして、自らをミフィアモードと……」


 何か、本人がいない数ヵ月の間に宗教染みた思想対立があったらしい。

 多分、俺は今、立川在住の神様コンビに最も共感できる元日本人ではないだろうか?


「ちなみに今は、経済的に余裕があるけど裾は汚したくない女性達が属する、脛が見えるくらいの長さの新たな勢力。

 革新派ミフィアンが勢力を拡大中らしいです」

「どういうこと?」

「はい。

 ミフィアモードは足首まで裾があるもの。ミフィアンは膝の辺りです。

 動きやすさで圧倒的に上のミフィアンが庶民人気が高いのですが、やはり貧しくみられたくないと言う見栄から、お金はあるけど敢えてこういう服なのよ?

 とアピールする勢力が出てきたところです」


 つまり、ミフィアモードから始まり、ミフィアン、次いで革新派ミフィアンと分岐してきた。

 ……進化の系統樹かよ!


「「……」」


 冷めた視線で外を眺める俺達の心境を考慮することもなく、馬車は王都別邸へと進むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る