第331話 騙された!

「お疲れ様です。

 それでは、トランタウ教マウントホーク大神殿の開設を祝う式典がありますので、どうぞお乗りください!」

「…………」


 ……そういえば、出してくれるって言ってたな。


「普通、休みをくれるとか、そう表現するよね……」

 

 本当に休みをくれるならな!

 と、ミフィアの言葉に心の中で同意する。

 喜び勇んで『鬼の祠』を出た俺の前には、辺境伯家の馬車がどんと待っており、20人近い従士と共に待っていたシュールに促されて、それに乗ることになった。


「そういえば、イムス家関連のごたごたがあったな」

「はい。

 お陰様で最優先で大神殿を用意することになりました!

 まあ、その影響で各国からドラグネアを訪れる商人も大幅に増えたので、結果的には領都発展に大きく寄与したのですが」


 シュール、ミフィアと共に馬車に乗り込み、それが動き出すとほぼ同時に、大神殿の開設を忘れていたことを伝えれば、皮肉混じりに合いの手を入れられる。


「どれくらいの規模になった?」

「……そうですね。

 何を基準にするかにもよりますが、経済規模なら世界最大でしょう。

 居住人口は戸籍登録が追い付いていないので不明ですが、5日前に私がドラグネアを出る時点で、4万人を少し超えたくらいでした」


 経済規模がでかいのは当たり前だろうな……。

 俺の稼いだ金がガンガン流れ込んでいるんだ。

 もちろん、ファーラシアやトランタウの首都等が大規模な祭りをすれば、一時的に上回る貨幣の流動を確認できるだろうが、常時となれば、ドラグネアの資本力に勝てん。

 しかし、


「新しい都市だから、人口が少ないのは当然だが、思ったより増えていないな?」

「……住居の建設が追い付いていないのですよ。

 今からドラグネアで家を買おうとすれば、3年待ちの状況です。

 まあ、来月から神殿建設に駆り出された大工が、ドラグネアに留まって、住居建設を始めてくださいますから、もしかしたら1年半くらいは短縮するかもしれませんが……」


 そっちがあったか。

 市民権を得ようと思えば、ドラグネアでの居住が確認されないと駄目だ。

 生活保護など存在もしていない世界。

 公共サービスを受けるにも金が掛かる。

 ……市民権がない人間が、公共サービスを利用すれば、殴り殺されても文句を言えない。

 その名の通り、公共サービスはサービス業である。

 各為政者は、


『うちの都市はこれだけのお金を納めれば、こういうサービスを利用出来ますよ?』


 と宣伝し、住人はその内容に応じて、住む場所を変える権利がある。

 良いサービスを提供して欲しければ、高い金を払うべきだし、最低限の公共サービスで良いなら、税の安い土地に住むべきだ。

 まあ、この世界は転居のハードルが非常に高いので、難しい話だが。

 ……その意味で言えば、大神殿の開設はメリットがでかい。

 トランタウ教団と言う大企業の第2の本社があると言うわけで、集客力がある街だから移り住もうと言う商魂逞しい人間も少なからずいることだろう。


「……ありがたい話だな」


 そうとだけ言っておく。

 表向きは"困っている民衆のため"辺りかな?

 それでトランタウ教団は株を上げて、辺境伯家の株が下がる。

 だが、こちらにも思惑があったとは言え、これほど早く大神殿を誘致することになったのが、住居建設の追い付かない原因。

 放火魔が自分で火事を通報して表彰されてるような違和感が拭えない。


「……何を言ってるんですか?

 閣下が自分で墓穴を掘っただけですよ」

「うん?」


 暗に上手いことやりやがってと、批難を込めれば目の前のシュールから冷たい視線が返ってきた。


「大神殿や死者蘇生の儀式は、閣下が立案でしたよね?

 下手すると教会も不測の事態に慌てただけでは?」

「…………」


 シュールの発言に納得して沈黙していると、


「……まあ、聖人認定にしろ、大神殿設置にしろ。

 当代の教団指導部には、未経験の事業でしょうね?

 まったく! ユーリスたら!」

「……」


 汚い!

 ミフィアの奴、不利を悟って即座に裏切りやがった!

 ……だが、トランタウ教国に同行していないミフィアを責めれば、最近、地に落ちているシュールからの信用が、マントルに届きそうなので押し黙るしかない。


「とにかく赴任される大司教殿の前で、不満そうな態度だけは取らないようにしてくださいよ?」


 その後もあれこれとダメ出しをされつつ、馬車は我が家に向かって進んでいくのだった。

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