第322話 仇を前にしても
「……ああ。
つまり、承認権がある陛下や宰相とのやり取りがそのままだから、辺境伯には国政をどうこうする野心がないと……」
「やっと理解したか……。
お前はもう少し腹芸を覚えろ」
フォークス軍務卿が、ノリック外務卿からレクチャーを受けてやっと納得したらしい。
……結構掛かったな。
「さて、時間も時間だし、俺も今日はお暇しよう。
……明日にはキリオンと打ち合わせたいしな!」
「先生!
リドル陛下は私にとって数少ない親族です。
どうかよろしくお願いします」
キリが良いので明日に備えて帰ろうとした俺を、呼び止めたレンターが願いを口にする。
「まあ、努力はするさ……」
「……感謝します!」
これほど事態が混迷してはとても確約出来ない。
それが理解出来たらしいレンターは、あれこれと問うこともなく、頭を下げるに留めた。
それを横目に会議室を出ると、
「……少々宜しいかしら?」
「あなたは先代の王妃だっけ?」
「ええ。
少し歩きませんか?」
扉の前で待ち構えていた女性に声を掛けられる。
……まあ、彼女にとっては生涯ただ1人の夫を殺されたのだ。
恨み言の1つ2つは聞いてやろう。
彼女の後ろに付いてゆっくり中庭へ向かい始める。
「良いわよ。
お茶会のご招待?」
「いいえ。
ただ、ありがとうと伝えたくて」
「はあ?!」
あまりに想定外な台詞に、思わず批難のこもった声が上がる。
俺が彼女の立場だったらとてもそんなことは言えないから。
「アル様は、決して有能な方ではなかった。
けれど、最後の最後で、祖国のために命賭けで真竜様の本意を尋ねようとしたのでしょう?」
……なるほど。
実態は、息子へのコンプレックスを拗らせた馬鹿親父の暴走でも、王家の醜聞を考えれば、そういう美談にはなるだろうな。
そうしないと、それこそ外国から侮られてしまう。
「少なくとも、多少の名誉は手に入れられた。
妄執のままに息子を討とうとした父はおらず、そして父を手に掛けた息子もいない。
名を汚すことなく旅立たれたのは、権威を失った王族としては、とても幸せなことですので……」
……まあ、そういう見方ができるのは否定しないし、王族の矜持なんて分からないが、
「疲れない?」
率直にそう思った。
少なくとも、伴侶を殺した相手に感謝して頭を下げるなんて出来ない。
「私は他の生き方を知りませんので……」
王女として生まれ、王妃として嫁いだ人生。
他人からは、なんとも羨まれそうなその人生だが、目の前の女性はとても幸薄そうに見えた。
「そう……」
「辺境伯様にもよろしくお伝えください。
陛下を頼みたいと言っていたとも……」
「どういう意味?」
妙な感覚につい尋ねてしまう。
まるで遺言のような言い回しだし……。
「他意はございませんわ。
ただ、王宮の日陰に居座っている女ですので、辺境伯様に会う機会など早々恵まれませんでしょ?
こうして、縁者に出会えたのなら、その機会にと……」
「……そう」
「いた!!」
それ以上の問い合わせはすべきではない。
……ユーリカとのやり取りからも目前の彼女が死に急いでいる訳じゃないし。
ひとまずそれで納得しておこうと思ったタイミングで、後方から切迫した声が響く。
「……ジンバル宰相?」
「良かった。
まだ城内にいた。
緊急事態です!
会議室まで来てください!」
何用かと問い質すことも出来ないまま、ジンバルに頼まれる。
「あ、申し訳ありません!
上王妃殿下。
この方をお借りしますよ?
そこの者! 陛下達に伝えよ!
みつかったとな!」
「何よまったく! それじゃあね?」
軽くだけ頭を下げて、先代王妃を放置したジンバルは近くの兵士に伝言を頼み。
俺は元王妃に簡単な声だけ掛けて、ジンバルに続く。
しかし、相手は特に咎めるわけでもなく、会釈して見送ってくれる。
権威なき王族か……。
そして、再びの会議室。
「どうしたんだ?
お前、端から見ると少女を物陰に連れ込もうとする変態だぞ?」
「そんなこと言ってる場合はなかったんです!」
相当何かあったらしい。
妙に切迫している。
「既に陛下達もご存じですし、先にお伝えしましょう。
もうマーキル王国へ行く必要はなくなりました」
異世界転移から、こっち。
俺の人生、急展開の連続過ぎるだろ!
何だってんだ? もう!
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