第310話 グリフォス防衛戦

「メインストリートにて、敵兵を足留め中!」

「北側から侵攻確認。

 応援求めます!」

「……!」

「! ……!」


 奇襲を受けた直後から領館にはひっきりなしで、情報がもたらされ、それに次々と指示を出すドリトル。

 到着したばかりで、地名も分からないエミルはそんなドリトルの様子を見ながら、漏れ聞く情報を自分なりに処理していく。

 先ほどから、何処から攻めてきたと言う情報はあるが、味方の損害を報せるものがなく、戦況は優位だろうなどと考えていたのだが、指揮を執るドリトルの表情は固い。


「……何かがあったのか?」

「どうしたの?」


 ドリトルが独り言のように漏らした言葉を拾って問い掛けるエミル。


「失礼。

 状況があまり芳しくありませんので、相手の状態を勘繰っていました」

「どういうこと?

 現状は優位みたいだと思ったんだけど?」


 本来の上官を放置している状況に、気付いたドリトルが謝りつつ自身の不安を相談する。


「現状、こちらの被害は数名の軽傷者のみのようです。

 エミル殿が連れてきてくださった援軍が上手く協調してくれているお陰ですね」

「この手の戦いは冒険者の得意分野だからね」


 元々、騎士道とは縁のない冒険者上がりは、ゲリラ戦で大いに力を発揮しているらしい。


「ええ。

 ……対して相手方の損害は、既に数百を超える死傷者と目されています。

 普通の軍隊なら、この状況で力攻めはしません。

 恐怖を感じて、どうしても兵の足が停まるはずなのです。

 しかし、今回はその気配がない。

 結果、被害は少ないのに着実に押し込まれている状況です」

「確かに変ね?

 頭に血が上っているミノタウロスみたいだわ」


 冒険者時代に遭遇した魔物を、例に上げて相槌を打つエミル。

 対して、ドリトルはそれに答えを見つけた気がした。


「まさか、こちらから挑発した者がいるのか?

 それで相手の軍全体が激怒した?

 ……いや、あり得ない。

 指揮官がそんな暴走を許すなんてことは……」


 戦力差から来る恐怖に負けた者が動いてしまった場合を一瞬想定し、すぐさま否定するドリトル。

 しかし、


「ねぇ?

 指揮官が暴走を煽っていたら?

 向こうの軍人ってうちの大将に恨みがあるんじゃないの?」


 軍人思考のドリトルに、冒険者思考の助言をするエミル。

 その言葉に、自身も参戦したエトル砦攻略時のマーキル軍の不満顔を思い出したドリトルは焦る、


「……可能性はある!

 不味いな!

 今の戦闘は逆効果だ!」

「そうなの?」

「ええ。

 私達はこの間、騙し討ちでグリフォスを取り戻したばかりです。

 平時なら退避する散発式の戦いも、怒っている相手には、むしろ油を注ぐ行為!」


 相手からしたら繰り返しおちょくられた気分だろうと、推測するドリトル。


「……なるほど。

 じゃあ、逃げましょ」

「……はい?」


 そのドリトルの言葉を聞いたエミルはあっさりと結論を出す。


「向こうが卑劣なマウントホーク軍へ鉄槌を降す気で向かってくるんでしょ?

 だったら、領館に火を付けてこのまま撤退した方が安全よ?

 手に入れるはずだった街の象徴が燃える様子を見れば、さすがに正気に戻るでしょ?」

「よろしいので?

 エミル殿の責任問題になりますぞ?」


 自己保身のために責任の所在をハッキリさせるドリトルだが、


「良いわよ。

 こんな面倒な土地を守るために死人を出したなんて、それこそ文句を言われるわ!

 辺境伯様がいればすぐに取り戻せる土地なんて大した価値はないわよ」


 容易く請け負うエミル。

 一緒にダンジョンに潜っていた彼には、ユーリスの規格外な戦闘力が良く分かっているのだ。


「……」

「さて、どっちに逃げるか考えるの!

 敵は待ってくれないわよ!」


 戸惑うドリトル達もエミルに急かされては、動かざるをえない。


「東へ。

 騎士爵領に攻めてくることはあり得ません。

 南は駄目です。

 オオイケ子爵は親マーキル派の可能性があります」


 騎士爵領を攻めれば、ファーラシア王国との戦争になる。

 そうなれば、ファーラシア王国はマウントホーク軍への援軍とは桁違いの兵を動員することになるので、現状のマーキル王国軍としては、二の足を踏むはずなのだ。


「じゃあ、後はお願いね?」

「はい?」

「撤退のために少し運動してくるわぁん」


 そう言って愛用の『尖命槍ブルック』を片手に領館を出ていくエミル。


「「「……」」」


 あまりに気軽な様子に思考停止するドリトル達だったが、


「……いかん!

 折角、隊長が殿を務めてくださるのだ!

 総員、速やかに退却準備を進めろ!」


 我に返ったドリトルの指示の元、慌てて動き出す。

 こうして、ほぼ無傷の敗走軍とズタボロの占領軍と言う奇妙な顛末を残す防衛戦は幕を引いていくのだった。

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