第309話 突発戦闘のグリフォス

 エミル率いる部隊がグリフォスへ入っていった直後。


「先ほどグリフォスへ入った一団を見ましたか?」

「……将軍か。

 こちらでも確認している。

 歩兵が五百から六百程度らしいが……」


 グリフォスの北西に陣を張るマーキル王国と周辺諸侯の連合軍の中。

 南東方面から辺境伯家の旗を掲げた集団が、グリフォスへ入っていくのを確認したマーキル王国軍の将軍が、諸侯軍で最も高い地位にいるとある伯爵の元を訪ねる。


「ですな。

 さて、今がチャンスだと思いますが、伯爵殿はどのようにお考えですか?」

「確かに今が1番の攻め時だが、現状では待機せざるをえまい。

 まだ王宮からは何の連絡もないのだぞ?」


 伯爵としては歯痒い状況である。

 手強いマウントホーク軍を相手に奇襲を仕掛けるチャンスを逃がさなくてはならないのだから!


「確かに我々は待機するように命じられております。

 しかし、伯爵殿の配下は別ではありませんか?」

「……どういう意味だ?」


 本来なら、自重を促す立場の将軍から受けた遠回しな攻勢許可に不信感を抱くが、


「簡単な話ですよ。

 伯爵殿の配下にいる民兵が、暴走してグリフォスへ向かう。

 窮地の自領民を救うために伯爵殿は、回収部隊を出すわけですが、その部隊が攻撃されたのでやむなく応戦する」

「そううまく行くか?。

 幾らか援軍を得たとは言え、相手が寡兵なのは事実だぞ?」


 良くある"不幸な事故"を演出しろと言ってくる将軍に難色を示す伯爵。

 このマーキル軍本営はざっと三千の兵が詰めかけている。

 戦力比は大体5倍なので乗って来ないだろうし、そうなれば規律違反の自領民を処罰するだけになる。

 そして、領民に不信感を抱かれるリスクを抱えたがる領主はいない。


「あちらは軍の再編があります。

 奇襲と勘違いしても不思議ではありませんよ」

「だから防備を固めるのだろうに!」


 出鼻を挫くために攻撃すると言う者もいるかもしれないが、大軍の奇襲に反撃を考える者は希だろう。

 一般的な人間は生き残ることを優先するものだ。


「……その時は私の方で相手からの攻撃があったと証言いたします。

 それでいかがでしょう?」

「……何を企んでいる?

 それは主君を偽る騎士になるほど重要なことか?」


 騎士に求められる品格の最たるモノである『主君への忠誠』を自ら損なう、それほどの価値がこの奇襲にあるのかと問う伯爵。


「この程度、ただの計略にすぎませんよ?」

「ならばそちらでやれば良い!

 私達は領民に頭を下げて、兵として力を借りているのだ!

 そんな真似は断じて出来ん!」


 断固として断る伯爵に、利ではなく情に訴えることにした将軍。


「私の長年の戦友が先のファーラシア争乱で命を落としました。

 ロランド側の子爵家攻めで流れ矢に当たったらしいです」

「騎士であればそのような事故はしょうがないだろう?」

「無論です。

 我々は戦う者ですから!」


 職業軍人である騎士になりながら、死にたくないは通らないし、戦場での事故は付き物である。


「それについてはとやかく言いません!

 しかし、その後の展開には納得出来ないのです!」

「どういうことだ?」

「内乱の事実を握り潰されたのです!

 マーキル王国軍が行ったのは、ただの護送であるとされました!」


 拳を強く握る将軍だが、伯爵の視線は冷ややかである。


「聞いてはいるぞ?

 しかし、あの一件でマーキル王国軍は目立った戦績がなかったとも聞く。

 重要拠点エトル砦もファーラシアの決死隊による強襲のたまものであろう?」


 当時のマーキル王国軍が行ったのは各領主の調略がメインとなっている。

 一部戦闘もあったが、大半は無抵抗で降伏してきたため、軍としての功績はエトル砦を最初に攻めたことくらいだろうが、肝心な場面をユーリス及びファーラシア西部諸侯軍に持っていかれたのだ。


「多大な戦功があれば抗議も出来ただろうが、補給隊のような状況だったと言うではないか?

 それに次期国王護送に対する礼として、追加の金銭を受けたとも聞くが?」


 原資はアタンタルを放棄したいユーリスが、ファーラシア王国を通してマーキル王国やジンバット王国に支払った金であり、礼金と言う名目の口止め料である。

 なのにアタンタルを押し付けられたユーリスの丸損なのは、彼の日頃の行いの悪さだろうが、今回は関係ないので話を戻す。


「確かに、先日新王護送の礼金が届いたと言われて受け取りました。

 しかし、その後に友の妻から、今回マーキル王国が行ったのはただのファーラシア王護送であり、友は盗賊退治の際に事故に遭ったとしてほしいと国から言われたと知りました。

 上層部に抗議しても、戦功を挙げなかったお前らが悪い、なんならその礼金を没収しても良いのだぞ?

 と脅される始末!」


 伯爵から見れば、おかしいのは明らかに目の前の将軍である。

 実績がないくせに金も名誉もほしいなど、子供の駄々でしかない。


「やはり手は貸せん。

 お前さんがやることは命令違反ではなく、道義を正すか、黙って受け入れるかの2択だ」

「そうですか。

 ではしょうがない……」


 将軍の一瞬気を抜く様子に安堵しかけた伯爵の腹部を焼かれるような痛みが走る!


「貴様!」

「黙ってください。

 このまま伯爵閣下にはグリフォス制圧の礎になっていただきますので……」


 倒れ込む伯爵の霞む視界には、将軍の掲げる白刃が僅かに移るのみだった。


「誰か!

 伯爵閣下が間者に討たれた!

 弔い合戦の準備をしろ!」


 事切れた伯爵を確認した将軍が兵士を呼ぶ。

 こうして、狂気の将軍率いる2回目の激突へとグリフォスは巻き込まれていくのだった。

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