第311話 帰還兵の報告
ジンバット王国で伯爵家の従士に収まった元日本の中学生中野伸二。
彼は、ジンバットの王都近くにあるダンジョンの街で、主君ロッグ伯爵の娘に当たる妻。ロッグ伯爵から与えられた数人の従者と共に生活をしていた。
その生活は穏やかで、週の半分は仕事としてダンジョンに数日潜り、残りの半分は妻と出掛けたり、読書等でのんびりとした時間を過ごすものだった。
ダンジョンの探索も1日掛けて12層まで降り、12層にてオークジェネラルを倒して、ドロップ品の"ブラックジュエル"を集めて帰ってくると言う。
何処かの辺境伯が、施したパワレベブートキャンプとは比べようがないホワイトな労働環境である。
そんな充実した日々を送っていた中野に、珍しく義父ロッグ伯爵から呼び出しがあり、妻と共に彼の居城を訪れたのだが……。
「お待たせしました」
「良く来たな! 婿殿!」
伯爵家の稼ぎ頭である中野の来訪に、全身で歓迎の意思を示すロッグ伯。
中野からみればただのでかい豚だが、一般的な冒険者では相応の被害は覚悟して戦い、それでも目的とする"ブラックジュエル"は3回に1回程度のドロップと言う割に合わない魔物。
だが、"ブラックジュエル"は王都で、需要の高い薬の主原料。
その価格は常に高止まりの優れた換金素材なのだ。
それをもたらす中野が、伯爵家では福の神のように扱われるのも必然だろう。
では、そんな高利益のダンジョン探索業を中断して、伯爵が娘婿を呼んだ理由は?
「うむ。
疲れているだろうが、早速本題に入って良いかな?」
「あ、はい。
お願いします」
急かすように話題を切り出すロッグ伯爵に、頭を下げる中野を見て、やはり従士として引き取ったことは正解だったと思う伯爵。
娘婿で従士と言う立場だが、呼び出されたのだから、多少不遜な態度でプレッシャーを掛けることをしても良いのだ。
このような態度では、幾ら子爵位に着いていようと、他の貴族にいいように使われてしまう。
……まあ今後は関係ない話だな。
そこまで考えて、思考を切り替えるロッグ伯爵。
「実はな。
グリフォスに駐留していた我が国の兵士が、捕虜解放を受けて戻ってきた。
状況が状況故に王都に戻る際、隊を分けて国境近辺の貴族にも事情説明に訪れてくれたのだ」
「……えっと。
……すみません。
グリフォスって、うちの師匠の領地ですよね?」
「うむ」
あまりにも情報が多すぎて混乱した中野は、順に確認をしていくことにした。
「そこでジンバット王国の兵士が捕虜になって、解放されたって……。
この国は師匠と喧嘩していたんですか!」
訊ねた中野の顔は真っ青である。
彼の頭の中には、ユーリスに首を斬り飛ばされる自分のイメージが鮮明に浮かんでいた。
「違うから安心しなさい。
グリフォスを攻めたのは、マーキル王国軍。
ユーリス卿は兵の消耗を嫌って兵を退いたらしい」
「師匠なら1人で数千人くらい余裕で撃退すると思うんですけど?」
中野の頭には、ドラゴンになって敵兵を炙るユーリスのイメージが浮かぶ。
絶対に、『こんがり焼けました!』って言いそうだと思いながら。
「ユーリス卿はグリフォスに出てきていない。
辺境伯家を取り仕切っているシュール・レッグ殿が、マーキル王国の公爵家出身だからな。
気を使っているのだろう」
「どういうことですか?」
「上位者である辺境伯に言われて、マーキル王国と手を切るのでは、辺境伯家内でシュール殿は本当に実家より主家を優先できるのか? と言う不信感を払拭できんのだよ」
ロッグ伯の説明に暗澹な気分となる中野だが、貴族と言うのは日本で言えば会社のような組織だ。
古巣である元の会社へ情報を流すかもしれない副社長など、誰も信用してくれないのが当たり前。
しかし、古巣を出し抜いてでも今の会社に尽くせば、より信頼を集めるわけだ。
「とにかく辺境伯家が戦いに負けて、グリフォスを奪われたのは事実。
被害は圧倒的にマーキル王国の方が大きいがな……」
「そうなのですか?」
「向こうも隠してはいるが、元の兵力は2500から3000で、死傷者は2000以上だろう。
本来なら全滅と言って良い被害だな」
遠く離れた土地で起こった他勢力同士の戦いにも関わらず、かなり正解に近い数値を導き出す伯爵に、不思議そうな顔を向ける中野。
「うむ。
まず我が国の駐留兵は200人だ。
その200人を本来なら、そのまま拘束した方が都合が良い」
「情報が拡散すると、他の勢力に奪われるかも知れませんもんね?」
他の勢力と言葉を濁すが、それが自分達の住むジンバット王国を想定しているのは暗黙の了解。
「ああ。
我が国からファーラシア西部の貴族へ情報が流れれば、多くの犠牲を払ったグリフォスを容易く奪い返される。
それでも解放したと言うことは、つまり、捕虜200人の面倒をみる余裕がないほど消耗しているのだ。
そこから五体満足な残存兵は500人以下と推測する。
無論、千人を超える兵が残っている可能性もあるが、それなら時期を見計らって、もっと遅い時期に捕虜を解放するだろう。
200人の武装解除した集団が脅威に成り得る程度の兵力とみなして良い」
「そういうものなのですか?」
当たり前のように断定する伯爵の言葉は、戦場感覚のない中野には、いまいち分からない内容だが、
「捕虜と言うのは命の危機にある立場だからな。
異様に観察力が冴える傾向にある。例えば、毎日同じ人間が給仕をすると言う情報から、敵軍の消耗具合を見通したりな」
「そうなのですか?」
「多数からなる捕虜の世話と言うのは、非常に消耗する仕事だ。
それを同じ人間にずっとやらせる真似はしないのが普通だな」
「確かに……」
消耗する仕事と聞いて、何処ぞの辺境伯が施した終わらないパワーレベリングを連想する中野だが、ある意味間違いではない。
「だが、ある程度の人員を確保すれば問題ない話でもある。
大体、捕虜10人に対して、兵士3人が交代管理するとみなせば、200人の捕虜に対して70人程度の兵力だろう?
千人規模の軍隊で捻出出来ない人員ではない。
ましてや、敵軍ではなく同盟軍の捕虜だからな。
それを200人程度も管理できないとなれば、健常な残存兵は多くても500人を超えないはずだ。
後は攻めた時の人数だが、こちらは簡単だ。
辺境伯家が500人規模の援軍を送っているらしいので、高台にあるグリフォスを攻めるなら、最低その3倍。
ただし、普通の侵攻戦ならだ。
開戦から占拠まで1日弱と言う話だし、更にその倍はほしい所だろうが、マーキル側の消耗具合を考えると倍以上も兵を用意しているとは思えん。
だから、大体3000程度と言う訳だ」
「……」
「……まあ、そういう計算はその内覚えれば良い。
我が家は今回の戦いで諸侯軍として、参戦する気はないからな。
ただ、シンジは我が家の次期当主候補の1人として、考えているのだ。
そういうことも覚えていってほしい」
「……はい?」
固まっている中野に、爆弾を投げ付ける伯爵。
今回、呼び寄せた真の本題がこれなのだ。
「厳密にはお前達夫婦に子供が生まれたら、その子に伯爵位を譲りたいと言う考えだが、孫が育つ前に私に何かあれば、当主代行を引き受けてもらう必要があると言う話だ。
早めに子供が生まれることを祈っているよ?」
「……はい」
こうして、中野は義父に孫早く寄越せとプレッシャーを掛けられるのだった。
なお、別室の妻は伯爵夫人から、"ブラックジュエル"を主原料とするお薬を旦那に盛るタイミングを聞かされて真っ赤になっているのだが、それを中野が知る機会は永遠に来ることがないだろう……。
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