第308話 エミル隊合流
「高地って言うから、もっと標高があるのかと思っていたわぁん」
「そうでしょうな。
狙って付けられた名前ですから!」
辺境伯家の旗を掲げて、グリフォスへ入場した従士軍エミル隊。
出迎えてくれたグリフォス駐留部隊の隊員へ配下を預けたエミルは、駐留部隊の隊長ドリトルの待機する領館へと案内を受け……。
こうして、ドリトルと対話することになった。
姉やレオンのような気の強さを持たないエミルは、いきなり指揮権を寄越せとは言えず、当たり障りのなさげな話から会話に入る。
選んだのはグリフォスを訪れた時に感じた率直な感想。
「どういうこと?」
「ここはつい最近まで、グリフォンが占拠する土地でした。
彼らを追い払おうと多くの貴族や国が挑み、そして破れていった。
そんな話を国民に聞かせられないでしょ?
だから、解放しても価値のない土地だと偽るために、高地と呼ばれていたのです」
地球と違って、離れた土地はそれだけの理由で観に行くのが難しいのだ。
ならば名称を少し偽れば、誰も気に止めない。
「なるほどね。
精々、台地ってくらいだと思ったのよ」
「そうですね。
周囲の土地とは、大体大人の肩くらいの標高差でしょうか?」
「それでも攻めるには面倒よね?」
「もちろんです。
それがこれまでグリフォンから奪えなかった最大の理由でしょう」
「人は飛べないからねぇ」
暗に自分達の主を規格外とほのめかすエミル。
そして気付いていても、スルーするドリトル。
老獪な駐屯軍隊長は、失言にも注意を払う。
「さて、それで現状だけど私が連れてきた隊員が500。
その内半分が元冒険者で荒事慣れはしているから期待して良いわぁん。
そちらの人間を小隊長にして、6人1隊で動かしなさいな」
個として強い冒険者と、軍として強い軍人の双方の利を活かすなら、パーティ単位での小隊が1番だろうと判断してのもの。
それを小隊長達が互いに連携を取れば、烏合の衆も即席のユニオンとなる。
「助かります。
私や副隊長はエミル殿の参謀でよろしいでしょうかな?」
「あら、あっさり。
元冒険者の下には付きたくないって駄々を捏ねると思ってたわ。
これとか無駄になっちゃったかしら?」
ヒラヒラとシュールから預かった命令書を振るエミル。
プライドの高いお貴族様が相手だからと、準備を依頼したものだが……。
「いえ貰っておきます。
戦争に負けた時の証拠になりますので……」
「あらやだ。
随分と強かじゃないの?」
失敗したわと肩を竦めるエミル。
だが、嫌だとは思わない。
変にプライドだけのダメ貴族より、これくらいの危機管理が出来る人間の方が頼りになると経験的に知っているのだ。
「それにしても意外ね?
あなたはこの戦争に負けると思っているの?」
平民出身のエミルは貴族は意味もなく、自信満々だと思っていた。
最近になって、それが外用のポーズだと知ったが……、
「……最終的には勝つでしょうな。
しかし、それまでこの地を守りきれるかどうかはかなり綱渡りだと思うのですが?」
エミルの問いに、戦争に勝っても自分達の進退自体は賭けだと答えるドリトル。
既に十分な戦功を上げているドリトルからすれば、この状況を引き継ぐエミルこそ不憫だとすら思っている。
もちろん、尾首に出す気はないのだが、
「そうかしら?
戦力的には十分だと思うけど?」
「……そうですな。
長年、従兄の領内で武器を振るってきた自分でも、今使っている武具の威力が飛んでもないとは思います。
しかし、数の暴力を押し返せるとは思えません。
次は油断を誘うことも出来ないでしょうし、敵が押し寄せてくる前にまとまった援軍の到達を祈るばかりです。
……まあ、年寄りの戯言ですよ」
「……」
ドリトルの言葉に、じっと皺の寄った彼の顔を見たエミル。
優秀な冒険者だったエミルだが、ウエイ伯爵家の分家に産まれ、従士として軍人人生を歩んできた男の言葉を、否定するだけのモノは持ち合わせていなかった。
「伝令!
た、大変です!
マーキル軍が進軍を開始しました!」
「何でよ!」
「……手筈通りに辻に潜み、領館へ後退しつつ暗闘を仕掛けろ」
妙な沈黙を破ったのは駆け込んできた伝令の声。
状況に驚くばかりのエミルに対して、冷静にゲリラ戦を指図するドリトル。
「どういうこと?」
「向こうにとって最も恐ろしいのは辺境伯軍が集まることです。
そして、再編のために足並みが乱れる好機でもある。
予想通りですな」
「……凄いわね」
楽々と相手の動きを読むドリトルに、混じりない称賛を送るエミルだが、
「山賊どもの定石です。
経験さえ積めば、エミル殿もすぐに分かるようになりますよ」
ドリトルは年の功だと謙遜するのだった。
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