第303話 マーキル王リドル
「今、何と申した……」
諸侯軍の生き残りを名乗る者の報告が、あまりにも突然過ぎて聞き返すのは、マーキル王国の支配者として君臨する国王リドル。
「はっ!
先日、マウントホーク辺境伯領グリフォスへ治安維持のために向かった諸侯治安維持隊が、マウントホーク辺境伯軍の騙し討ちに合い壊滅いたしました。
これは我が国への挑発に違いありません!
つきましては、辺境伯家への抗議と健闘虚しく討たれました諸侯皆様の名誉回復を!」
「……いや、陛下は何をふざけていると訊いているのだが?」
リドルの問い掛けを聞きそびれたと勘違いした男が、再度見当違いの報告を行うが、宰相がリドルの意図を改めて伝える。
「は?」
「……良いか?
仮の話だが、本当に治安維持や回復を目的とするにしても、それを行うのは王国軍の職務であり、行う場合においてもマウントホーク辺境伯の要請があって成立するのだ。
国に黙って戦争を吹っ掛けておいて、勝手に負けた挙げ句抗議してください?
誰が聞いてもふざけるなと咜りつける案件だと思うが?」
意外そうにボケッとする間抜けな使者に、懇切丁寧に説明を入れる宰相。
「いえ!
決してそのような!」
「つもりがあろうがなかろうがだ!
そうだな。
この場に集まっている貴族の方々で、この者の言い分を他の意味に捉えた者がいれば聞いてみたいのだが?」
宰相が謁見の間に集まっていた貴族達に水を向けるも、誰もが神妙な顔で押し黙る。
高位貴族として参加しているアムズ公爵やケイムアッテン侯爵も例外ではない。
グリフォスを実効支配している最中であれば、屁理屈をこねて使者を擁護、分け前を狙っただろう貴族達も、ごく僅かの駐屯兵に負けたとあっては、他人を装おうのが必然なのだ。
「……さて、見ての通りだ。
少し頭を冷やすが良い。
衛兵、これを牢屋に!」
「お待ちください!
何卒! 何卒ご再考を!」
謁見の間に待機していた近衛兵に両肩を抑え付けられながらも、再考すなわち辺境伯家への抗議を求める男。
しかし、その場に集まっている者達で、騒がしい男に注目する人間はいない。
……そんな暇はないのだ。
「……どうするか。
レッグ卿、貴公はあの辺境伯殿ともそれなりに親しいな?
どのような人物だね?」
「……そうですな。
冒険者上がりとは思えないような政治的な配慮の出来る方です。
愚息を訪ねているイルスの手紙によれば、多忙ゆえに他国との些事には関わりたくない様子。
辺境伯領の発展に注力したいのでありましょう」
暗に今回の発端である事故の調整進捗具合を訊ねる宰相。対してこっちで解決しろと突き返されたと報告するレッグ公爵。
「領地開発にな……。
賠償に土地を差し出して受け取ると思うかね?」
「あり得んでしょうな。
辺境伯領に点在する魔物領域解放に、開発資金確保のダンジョン探索。
辺境伯としては手を広げたくないと言うのが本音でしょう」
リドル王の問いにも、的確にユーリスの本音を考察するレッグ公爵。
「……うむ。
宰相、一端この場は閉めて、会議室にて方針検討を再開する」
「では明日にでも会議室を準備させて……」
「今から準備させろ!
……それまで昼食休憩とする」
「………………はっ!」
リドルの無茶振りに長く間を置いたものの、結局、諦めた宰相は、誰にどういう指示を出すかと頭を悩ませる。
「侯爵以上の者は私から昼食会に招待させていただこう。
是非参加してくれ」
リドルの呼び掛けに察しの良い者は気付く。
昼食会と言うのが、実際の方針会議で昼休み後の会議が最終通達の場だと……。
「……さて、今後の方針として私はマウントホーク辺境伯へ宣戦布告を行う。
アムズ公爵は昼の会議でその意見に反発し、辺境伯家へ亡命して欲しい。
その後、西寄りに進軍するように誘導して、王都まで辺境伯軍を導くように。
レッグ公爵も反発して領都に戻り、領館に立て籠るように」
「「は?」」
場所を移し、サンドイッチ擬きを前にしたリドルは、いきなりぶっ飛んだ指示を出して、2人の公爵を呆けさせる。
「辺境伯軍が王都近郊に着いた時点で、無血開城を行い、私は家族と共に北へ逃げたと見せ掛けて、フォロンズ王国経由で、マウントホーク領に向かうのでその時は従兄のリドルとして、口添えをしてくれるとありがたい」
「まるで私がマウントホーク家にいるような話ですが?」
国王の指示に疑問符を投げるレッグ公爵。
対して、リドルは平然とした顔で、
「当然だろ?
アムズ公爵が新たなマーキル王となった時に、ファーラシア王国との玄関口をレッグ公爵に任せるわけにはいくまい。
身の危険を感じて、シュールの元に亡命するべきだ」
「お待ちいただきたい!
それならば最初に亡命する役割をレッグ公が担えば!」
貧乏くじの気配を察したアムズ公爵が提案を出すが、
「駄目だ。
レッグ公爵がマウントホークに付けば、比較的裕福な東側の領地を辺境伯へ差し出すことになる。
そうなれば、マウントホーク辺境伯と戦争をする意義がない!」
リドルがきっぱりと拒絶する。
そんな最高位の3人が話し合う場に、手を挙げる猛者ことケイムアッテン侯爵である。
「陛下、畏れながら何故開戦を?
不慮の事故であるとして、話し合いの場を持たれては?」
自身が戦争方面へ誘導していたとは、欠片も思わせない態度の不遜な侯爵であるが、
「……話し合いか。
それで、辺境伯家に多額の賠償金を払って、マーキル王国が運営出来ると思うか?
何なら、お前に次期国王の座を譲ってやるぞ?」
家系図なんて簡単に捏造出来るからな。
と暗く嗤うリドルに何も言い返せない侯爵。
「失敗すれば国を財政破綻させた希代の愚王として、処刑された挙げ句未来永劫汚名を被るがな!」
「まだ戦争を原因とすれば、良くある話しと言うことで?」
レッグ公爵がリドル王の行動を代弁するが、彼はその先を行く。
「戦って賠償のふりをして、不良物件をマウントホーク家に引き取って貰う。
亡命した我らがマウントホーク卿の財布で、故郷を復興させるのだ。
そして、新たなマウントホーク領とジンバット王国の間にある現在のマーキル王国東南部も今以上に富むだろう」
ユーリスにとっては大迷惑な構想を練るリドル。
しかし、
「なるほど」
「賛成です」
この場の大半の貴族は賛同する。
貴族達にとってはこのままマーキル王国を維持していくより、分の良い賭けだから。
しかし、
「お待ちください!
話し合いで解決を図りましょうぞ!
このままでは多くの血が流れることに……」
暗躍で数百人近く民間人の犠牲者を出している公爵が、今更真っ当な意見を述べるが、他国の白い目に晒される次期国王を回避したいだけなのは言うまでない。
「では決を取ろうか?」
「卑怯な!」
「では誠実なアムズ公が国の舵を取るべきだな……」
「……」
アムズ公爵以外にはメリットの大きい者しかいない状況で、多数決を取ろうとするリドルを卑怯と罵れば、更にそれを利用してくるリドル。
……結局、役者が違うのだった。
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