第302話 従士隊派遣
何処かの辺境伯が、自分で掘った墓穴に嵌まってかれこれ3週が経過しようとしていた。
家宰として、辺境伯家を束ねるシュール・レッグは、ラーセンにある辺境伯家別邸にやって来ていた。
「……さて、と言うわけで領軍500を率いてグリフォスへ向かってください」
「待てや、ゴラァ!
……とと。
どういうわけかしらぁん?」
そして、サクッと指示を出せば普段のオカマ言動も忘れて、エミルが威圧して来たのだった。
「数日前に辺境伯領グリフォスで、マーキル王国との小競り合いが発生したらしいのですが、それが凄まじい速度で大きく炎上しました。
現在、グリフォスは戦時下にあります」
「どういうことよ?」
第二従士隊の隊長であり、同時に従士隊全体のブレインでもあるエミルが、知らない間に大きな戦火が生まれていた。
その糾弾を込めて問い質しても、
「私が聞きたいですよ。
何が何やら……。
4日前にマーキル王国諸侯軍がグリフォスを占拠。
直ぐ様、ドリトル率いる従士隊による奪還が起き、こちらは数名の軽傷者が出ただけだそうですが、あちらには貴族家当主を含む数百名の死傷者が出たとのことです」
嘆き節で答えが帰ってくるだけだった。
「状況が状況だし、こっちも増援を入れるのは分かるけど、何で私達なのよ?」
「消去法ですよ。
本当なら、エミル隊長にはドラグネア周辺の警備を任せたいんです。
そろそろ本格的に隊長仕事に慣れてもらいたいので。
しかし、相手がマーキル王国となると東部にいる従士は使えない」
元冒険者であるエミルが、不信感を持てば職務拒否もあり得るので正直に話すシュール。
エミルのようなタイプは、変に
しかし、
「……そうね。
これ幸いと実家に内通されても困るしねぇ」
「え?」
「何よ?
家族の地位向上を狙うのは当然でしょ?」
自身の想定していない答えが帰ってきたので、固まるシュールに、眉をひそめるエミルだが、
「……失礼。
エミル隊長があまりにお優しいので驚きました。
私何て使者で来ていた兄を別館に監禁して来たんですが……」
「どういう意味よ!」
牢屋に放り込む真似はしていないが、それはあくまで密偵が容疑段階であることと、丁重に扱った方が人質返還時に儲けが大きくなるからに過ぎない。
後継者争いの起きていないレッグ公爵家でそれなのだ。
泥沼の争いの果てに騎士団へ放り込まれた連中が堂々と憂さ晴らし出来る状況で、黙っているなんて思えない。
「手柄欲しさで実家を騙し討ちにするとかなら、まだマシなんですよ。
もちろん、辺境伯軍の評判は落ちますから良くはありませんけど、辺境伯家と縁を切って困るのは各地の貴族達ですので、表面上は穏やかに付き合えます。
むしろ、後先考えずに憂さ晴らしを企む奴が出てくる方が嫌です。
計算高く立ち回って、まともな成人を数人残してくれるとも思えませんので、実家の縁者を皆殺しとかしそうでしょ?
そうなると彼らはマーキル王国の貴族として、向こうに奪われかねない。
ただでさえ足らない人材の流出なんて想像もしたくない!」
「いや、ちょっと待ってよ!
自分の親兄弟を殺した奴を領主に据えるの?
あり得ないでしょ!」
「何言ってるんです?
マーキルの貴族なんて、大抵1人や2人親族殺しをしているんですよ?
多少やらかしても強い人間の方が良いでしょ?」
国が違えば常識が違う。
マーキル育ちのシュールの常識とファーラシア育ちのエミルの常識は相容れないのだ。
「何でそんな殺伐としているのよ……」
「過去にマーキル王国が獣人勢力と争っていたのは知っていますか?」
「……そうなの?」
50年以上も昔にあった他国の戦争など、元平民階級の住人が知るよしもない。
当時の平民からしたら、パンが少し値上がりした時期があったな程度の認識である。
……次の世代に伝わりようがない。
「急成長した獣人勢に侵攻されたマーキル王国は、大きく衰退しました。
彼らが土地に価値を見出ださない慣習であったために、土地を奪われるような被害はないですがね。
多くの貴族が死に、食糧が略奪されました」
「何でそんなことに……」
「獣人の事情なんて知りませんよ!
今重要なのはマーキル王国は見た目と裏腹に非常に困窮していると言うことです。
何せ、人も金もないのが実状ですからね」
マウントホークも人材不足は深刻だが、ダンジョンに1ヶ月も放り込めば国家予算並みに金を稼いでくる
多少能力不足の人間を取り立てても、失敗を取り戻す経済力があるのだが、マーキル王国にはそれが出来ない。
故に、少しでも頼りない人間と判断されれば、挽回の機会を得られないのだ。
結果、人材育成が進まず更に復興が遅れる悪循環。
「だから、貴族家に生まれても跡目争いで放逐されるのは茶飯事です。
私の実家はまだ財力がある方なので、領内で兄弟達を雇う余裕がありました。
しかし、それ故に王国の職場を奪わないように気を使って、政治的判断が出来る人間を領内で飼い殺してもいるんです」
これはシュールが家宰になって気付いたことだった。
直情的だと騎士団へ送られたシュールを除けば、レッグ公爵家の兄弟は領内から滅多に外に出ないのは、そういうことで……。
しかし、落ちこぼれたシュールが兄弟達より地位を高めるのだから、世の中は不思議が満ちている。
「レオンやうちの姉じゃダメなの?」
「あの人達が火種を見つけて黙っていると思います?」
「……冗談よ」
親しい間柄でもフォロー出来ない好戦的な人達であると思い出したエミルは、冗談だったと誤魔化す。
「後は、水晶街道設置後に送り込まれてきた連中ですけど、それこそエミルが言うように内通するかもしれません」
「はいはい。了解よ。
準備が出来次第、出立するわぁん。
けど、グリフォスにいるのってファーラシア西部閥貴族の縁者達よね?
……気は乗らないわ」
「……そうですね。
エミルの指揮下に入るように一筆書きましょう」
お願いね? と言うエミルに頷いて、シュールはリッドの執務室に向かう。
……彼には1分1秒が惜しいのだ。
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