第292話 高位貴族会議

 急遽打ち合わせが入って、ホスト側のトップなのに、1人だけ会場へ遅刻すると言う恥ずかしい思いをした辺境伯家主催晩餐会。

 その翌日には早朝から、王城へととんぼ返りをして、強制的に王都別邸へ泊めさせた勇者子爵と共に会議室へと乗り込んだ。

 連中とは離れ、中央に近い位置に腰掛けると同時、


「……揃ったね」

「はっ。

 それではこれより緊急の御前会議を行う。

 この会議は今後の我が国の行く末を左右する重大なものであるので、皆心するように」


 必要なメンツが満たされらことを確認したレンターの呟きに、ジンバル宰相が応えて会議の進行を始める。


「まずは状況の説明を、マウントホーク卿にお願いしたい」

「ええ。

 事の発端は私の元に届いたロランド元第一王子の手紙です。

 詳細な内容は、既にこの場にいらっしゃる皆様もご確認の事でしょうから省かせていただきますが、重要な点の再確認としまして、"レンター陛下との間に確執等なかった"ことを証言するものと、"レッドサンド王国との諍い"を起こしたことの謝罪が記されています。

 つまり、ロランド"殿下"は父王アルフォードに代わり執務を行い、重大な失態の責任を取って王族から引責辞任。

 代わりにベイス侯爵家とアガーム王国間の紛争調停後、"外遊"を行っていたレンター第ニ王子が、レッドサンド王国との調停を担い、その功績を持って王位を継承したと言う流れにすることが可能です」


 状況の説明と称して、俺が望む筋書きを提案する。

 ついでにロランドを王子として認めると言う意味と、レンターとの逃避行を外遊だったとすることも強調しておく。


「まずは各自への利益を説明しましょう。

 最初は王国から、我が国が得られる最大の利益は、騎士爵等の再選定を避けられると言う点です。

 ロランド殿下の派閥に自ら与した或いは寄親の意向に逆らえなかった。

 理由は様々だろうが、本来なら彼らをそのまま配置しておけません。

 徐々に理由を付けて排除していく予定でありました。

 しかし、その理由付けも難しく、その上、例え"正当"な理由でも、民は不安から後任者に距離を置くことになるでしょう」


 ……当然だな。

 政治に派閥争いは常。

 派閥に属していただけでは排除出来んし、かと言って、そのまま残せば危険分子となる。

 今までと同じ対応でも"冷遇"と思い込むかもしれないし、とは言え、あからさまな優遇は論外。

 真っ当な理由を"造って"排除するしかないが、彼らの下にいた民が、その理由のあらが理由で不安を募らせれば、騎士爵の連中以上に危険だ。

 つまり、非常にコスパが悪いと言うことである。


「また、能力がありながら閑職へ飛ばされた一部官僚を引き上げることが出来るのも重要な利点です」


 先代の実務卿達のように、ロランドに追いやられたまま、放置されている連中がいる。

 彼らはロランドに加担したわけではないが、政務を勝手に弄られた責任がのし掛かっている。

 元と同じ地位は難しくとも、オブザーバーのような立ち位置を与えて復権させることは、現役の負担を減らせることに繋がるだろう。


「次いで、侯爵方を初めとする高位貴族の方々、お歴々には既に伝えましたように、各親族の実務作業への復帰が出来る点でしょうか?」

「そうですな。

 そうなれば非常に助かります」


 西部閥侯爵の1人が答える。

 侯爵や伯爵家で歴史のある家だと、分家同士や家臣同士の横の繋がりもある。

 普段、全然付き合いもないのに、嫁の実家の兄がロランド側だったとかで、家臣に監視を付けたり職務を制限したりと、結構な負荷があったことだろう。


「次に紛争で爵位を得たり高めた者達ですね。

 平時での昇爵と同等とします。

 武功による昇爵でなくなる分、王国から支度金を追加供与するので、後日受け取るように」


 勇者達がこれだな。

 武功で爵位を得る時ってのは、大抵戦争中とかで国に金がない時。

 加えて、戦時下で武功を上げようと思えば、それなりに戦力があり、それを調える資金があるので、僅かばかりの支度金しか払われないのが基本だ。

 ……勇者連中が俺に大量の借金をしているように、武力のある人間から銭を巻き上げて力を削ぐのも裏の目的だが。

 対して、平時での昇爵ならかなりの高額が支払われる。

 平時での功績と言うことは他の人間より飛び抜けて頑張っていると考えるのが妥当で、つまり忠誠心があるから早く手駒にしたいとなるわけだ。


「最後にマウントホーク卿だが、ご本人から直接説明していただきたい」

「ん?

 既に陛下にお伝えしましたが?」


 事前連絡は根回しの基本だからな。

 それを怠ったりはしない。


「ええ。

 陛下から地位を回復したベイス侯爵家がバーニッヒを本拠地として、スギタ、ミカゲ両子爵家を庇護すると伺っております」

「そうです。

 我が家は東部の南にあり、北にある彼らの援助は負担が大きい。

 ならば妥当な管理者を置く方が益となると考えるのは必然でしょう?

 しかも、我々はベイス家の功罪を知っています。

 家門にこれ以上の瑕疵かしを付けられないベイス侯爵家は最適でしょう」


 俺の説明に、顔をひきつらせる周りの貴族達。

 本人達も出席している場で、名門侯爵家を番犬呼ばわりする俺の気性に気圧されたと言う所だろう。


「どうでしょう?

 まだご納得いただけませんかな?」

「「「……」」」


 更にプレッシャーを掛けていけば、出席者達は周囲と顔を見合わせていく。


「……まあ妥当ではあるかと思いますが」


 よし、言質取った。

 これで問題は、


「お待ちください!」


 ……とはいかんか。

 ベイス侯爵の奴、厄介な妹の方を連れてきていやがる。

 その令嬢が会議に制止を仕掛けてきた。


「そなたは?」

「ベイス当主の妹アーレと申します。

 無礼を承知で、ご質問の機会をたまりたく」

「……ユーリス卿」

「構いませんよ」


 いつぞやのやり取りを考えれば、兄のベイス当主よりも質問を受けたくない相手ではあるが、今周囲の貴族に不信感を持たれるのも堪らん。


「それでは。

 お訊きしたいのは、私共がこれまで守ってきたアタンタルの扱いについてでございます」


 ピクッと一瞬眉が動くがすぐに表情を戻す。

 故郷の話だから気になるのも必然だろうし、所詮、領地貴族の令嬢だ。

 経済感などしれているはず……。


「なるほど、ベイス家にとって思い入れも一入ひとしおの地でしょう。

 もちろんお返ししますよ。

 分家を立ち上げるなり、爵位を願い出るなりは、我が家の関わらないことですが……」

「おお!」

「いえ、爵位を戻して頂いただけでも過分な温情でございます。

 その上、旧領まで受け取れません!」


 喜ぶ兄を無視して、断りを入れてくる妹。

 これは気付いているのかもしれないな。

 ……黙らせよう。


「名門足る侯爵家への配慮を無為にする気かね?

 侯爵家の者とはいえ、あまりにも無遠慮ではないかね?」

「それは……」


 こっちが気を遣ってやってるんだから、素直に受け取れと言って黙らせに掛かる。

 これは漠然とした不安を抱えているが、確信はないな。

 ならば、


「いえ、続けてください」

「レンター!」


 しかし、強力な横槍が入る。

 この場でもっともつよい権力者の一撃。


「最初に相談された時から裏があると思っていました。

 先生がその程度の利益で動くはずがないと。

 そして、アーレ嬢からアタンタルの名が出た時に動いた表情。

 アタンタルに関わる何かがありますね?」

「証拠とも呼べんな」


 吐き捨てる。

 冤罪を掛けられて不快だと言わんばかりに!


「では多数決を取りましょう。

 アーレ嬢を支持する者は手を挙げなさい」


 レンターの言葉と同時に手を挙げる宰相、実務卿及び勇者達。

 他もおずおずと手を挙げ始める。

 この場で挙手を避けたのは俺とベイス侯爵のみとなった。

 日頃の行いが試された形だな。

 残った1人にしても、故郷をその手に取り戻したい葛藤が手を挙げるのを拒否させていると取れる。


「結論が出ましたね。

 さて、先生。

 本当のことを話さないとアタンタルを他者へ譲ることを禁止しますよ?」

「ちっ。

 しょうがないな」


 レンターの強硬策に観念を示す。

 まだ目のある方を取るべきだろうから。


「アタンタルは位置が悪い。

 ドラグネアから見て、ラーセンへ向かう『水晶街道』、バーニッヒ経由でトランタウや小国群へ向かう『巡礼の道』とも距離があるし、アガーム方面へ向かう仮称『銀風街道』からも距離がある。

 未開地の多い現在は良いが、近い将来廃れることだろう。

 かと言って古参の民が多いアタンタルの移動は難事だ」


 一番近い『巡礼の道』からも脇道に逸れて2日。

 辺境伯領である限り価値が低い街となる。


「だがな。

 ここが他領となれば、その領主は『巡礼の道』と『銀風街道』を繋ぐことで栄えさせることが出来るだろう」


 領都と第二都市なら領都へ向かう民も、他領となれば文化の違いが生じて、好奇心を煽ることが出来る。


「ユーリス卿。

 そういう所が信用を無くすのですぞ?」


 皆が納得したような顔になる中で、外務卿が口を出す。


「何の事でしょうか?」

「うむ。

 嘘は付いておらんが、真実にも程遠い。

 マウントホーク領とするより栄えるのは事実でしょうが、街道を結ぶ費用に見合うほど栄えますかな?」

「心外な。

 そこは領主の腕次第でしょう?

 アタンタルは史跡的価値もある。

 可能だろうと考えますが?」


 史跡的価値を引き出すのにも、投資が必要だがな。


「……陛下、アタンタルはユーリス卿にお任せすべきと具申いたします。

 ユーリス卿の仰る手法は、辺境伯領のままでも不可能ではありません。

 ならば、資本力と発想力のあるユーリス卿にお任せする方が良いかと……」

「ちょっと待て!」

「そうしましょう。

 ベイス侯爵家には、新領地の経営に専念してもらいたい」


 何とかなりそうなタイミングで宰相が口を出し、俺の制止を無視してレンターが確定させる。

 ……厄介な。

 歴史の長い領地ってのは、それだけでも扱いが難しいのに。

 こんなことなら、こっそりアタンタルを廃棄する方針で動くべきだった。

 アタンタルから『巡礼の道』へ合流する地点に街を配置して置けば、アタンタルは自然に衰退していっただろうし……。

 自業自得と言えばそれまでだが、他人の金で間道を設置して利益だけ得ようと、欲をかいたのが失敗だった。

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