第291話 謝罪? 何それ、美味しいの?

 深々と頭を下げる女性を前にして、改めて疑問に思うのは、その息子の行動である。


「もうそれぐらいで良いですよ?」

「……ありがとうございます」


 俺の許可に礼を言って、顔を上げるのはメイア・ファーラシア先王側妃。

 いや、今はメイア・ベイス伯爵嬢として、俺を訪ねているのだが……。


「それでこれが?」

「はい。

 息子から届いたユーリス様への個人的な手紙でございますわ」


 新年明けて3日目。

 他の高位貴族が、昨日の内に王都内の別邸に帰って静かになった迎賓館に、思いも掛けない人物がやって来た。

 ……いや、立場上は妥当なのだ。

 彼女は俺の寄子になったベイス家の現当主の叔母であり、同時に俺達をこの世界へ召喚したロランドの母だから。

 唯一、王族の中で正式な謝罪をしても角が立たず、それでありながら、十分に価値のある謝罪が行える人物だからだ。

 ベイス伯爵嬢として頭を下げるので、対外的には"王族に謝罪させた"と他の貴族が辺境伯家へ口撃する口実を防ぎ、且つ、辺境伯家内部では"王族が謝罪した"として、不満を減らせる人選。

 側室として最も望まれる役割をこなしているだけであるが、意外なのは、息子から手紙を預かっていること。

 "あの"ロランドがそんなまともな行動を取っていることが意外だった。


「読ませていただいても?」

「はい。

 ただ、これはあの子が母に向けた後悔の手紙でございます。

 辺境伯閣下にはご不快なものかもしれません」

「構いませんよ。

 ……。

 …………」


 ロランドの手紙には、今回父王の病気と弟王子の失踪を理由に、執政を無断で肩代わりしておきながら、問題を解決することもなく、パンプル侯爵家へ婿に入ろうとしていることの謝罪と、それに前後して多大な迷惑を与えてしまった俺にべイス家の令息として謝罪したい旨が記載されていた。

 

 驚いたことに貴族としては、及第点以上の手紙を送ってきていたのだ。


「これは陛下はご存知ですか?」

「はい。

 そこで閣下に一任するとのことでございます」


 ロランドがこんなまともになるなんて。

 正直な話、有り難いな。

 ……まず、レンター失踪から王都奪還を紛争ではなかったことにする。

 これで、今後現王家の権威が揺らぐことがなくなるし、何より辺境伯家の負担が一気に減る。

 まあ、その分あの内乱で発生した功績や失態を別の形で取り繕う必要が出てくるが、それはやるだけの価値があることだ。

 内乱で得た功績よりも、平時に得た功績の方が付加価値が高い。

 人は保守性の強い生物だから、平穏な環境下ではよほどの功績がなくては、序列を覆せない。

 盛り放題のボーナスステージの到来に狂喜するだろう。


「それでは私の方で、今後の調整を行いましょう」


 正月で、ほとんどの貴族が王都に集まっているのも有り難い。

 変な時期に貴族を非常徴収しようとすると、妥当な名目の設定が難しいのだ。


 後は、マーキル王国及びジンバット王国との調整だが、今回は両王家の得た物が金銭的な利益のみ。

 その分、貴族達はマウントホーク家への就職口斡旋で潤っているが、王家のメンツとしては内紛の手助けをしておいて、金銭供与だけと言うのは少し情けない話。

 それがレンター送迎で得たモノだと、筋書きを書き換えれば、手に入れた金額的に良くやった! と誉められる程の功績になるだろうから向こう側が乗らない訳がないだろう。

 後世の歴史学者が、この一年の時系列を追った時に現状だと、両王家がマウントホーク家の圧力に屈したみたいに見えてしまう可能性が高いけど、筋書きを書き換えれば、むしろ、気を使って貰っているように見える不思議。

 何故これが出来なかったかと言えば、ロランド側にこちらを糾弾出来る口実を与えてしまうからに過ぎない。


「……メイア嬢が諭されたので?」


 ロランドがこの短期間で変わった様が、気になったので尋ねてみる。

 自分と同年代に嬢と付ける違和感を感じるが、現状の互いの立場ではしょうがない。


「いえ、あの子がパンプル侯爵家へ出奔して後、私から息子へ手紙を出したことはございません。

 ただ、かの地はとても過酷だと亡き祖母から聞き及んでおりますので、成長の機会を得たものと……」

「そうですか。

 ありがとうございます」


 怖いのはこの母親からの入れ知恵で、手紙を書いた場合だった。

 向こうに急に梯子を外されては堪らない。

 だが、今の話なら大丈夫だろう。

 パンプル侯爵家の領地地形から、俺が制裁を加える場合のヤバさは理解出来るはずだし……。

 ロランドも俺を怒らせれば、パンプル侯爵家を干すくらいのことが出来ると言う眼くらいは持っているだろう。

 さて、今日は各侯爵家が晩餐会を開いているだろうし、明日は辺境伯家の番。

 今日の内にレンターに根回しをして、明日レンターと侯爵達に打ち合わせをさせる……。

 各王家への伝言は外務閥に依頼するとして……。

 ……結構、ギリギリの時間だな。

 最悪は、ゼファート守護竜領の正月参賀で最終調整することになるかも……。

 マジで忙しいけど、ここで頑張ると来月以降の負担が減るのも間違いなく。

 ……がんばるとしよう!

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