第290話 上王妃殿下

「ようこそ!

 ユーリカ辺境伯夫人」


 夜会の際にジンバル宰相夫人から招待を受けたお茶会。

 その会場である王城の西中庭へやって来たユーリカと2人の娘を出迎えたのは、3人が初めて見る貴婦人であった。


「ええっと……」


 困惑のままに、目だけを動かしてジンバル夫人を探すユーリカ。


「ごめんなさいね。

 私はリアーナ・ファーラシア。

 レンターの母ですわ。

 息子の恩人に挨拶が遅れましたことをお詫びいたします」

「……」


 ユーリカを更に混乱させるリアーナを名乗る女性。


「……お母様。

 この方は間違いなく、陛下のご母堂様ですわ。

 私が父より引き継いだ記憶の中に、この方の情報がございます」


 みかねたレナが、リアーナ上王妃が本物であると保証する。

 いつも作っている呑気者キャラを消している辺り、目の前の王族を警戒しているのだが、


「そうなのね?

 ……失礼いたしました。

 私はユーリカ・マウントホークと申します。

 以後、お見知りおきください」


 気付いていないユーリカは、本物である確証を得たので頭を下げる。

 同時に、


「いえ!

 私の方こそ重ね重ね失礼いたしましたわ!

 そうですわよね!

 ユーリカ夫人が登城為されたのは、前回の戦勝会に次いで2度目ですものね!

 嫌だわ、私ったら……」


 顔を赤らめて、謝罪するリアーナ。

 元々マーキルの王女であり、ファーラシア王国の王妃となった彼女は祖国でも、嫁ぎ先でも顔を知られていないと言う事態を想定できなかった。

 その状況では、他人を排した環境で自分が本物であると保証することが出来ない、と言う事実に思い至らなくても、それもある意味でしょうがないのだろう。

 ……そう考えたユーリカは、この時点でまだ生まれ付いての王族の怖さが分かっていない。


「それでは改めて……。

 私はリアーナと申します。

 先代の王妃ではありますが、今では息子の温情で城の一角を間借りしている居候。

 今回はジンバル夫人にお願いして、特別にユーリカ夫人と話をさせていただいたの」

「……光栄です」

「畏まらないでくださいな。

 私はこの通りただの居候に過ぎませんわ。

 今では護衛さえ付きませんし、身の回りの世話をしてくれるのも実家から従ってくれている侍女だけですの」


 警戒をみせるユーリカに対して、気軽さを前面に出すリアーナ上王妃。

 現国王の母親と言えど既に"終わった人"なのだ。

 実際、貴族が要望を通すなら、彼女を誘拐するよりもジンバル宰相辺りにプレゼンをした方が確率が高い。

 譲位を果たした先代の王とその伴侶には、僅かな年金しか支給されない。

 故に法衣貴族に働き掛ける予算はないし、かと言って、親として現役世代の子供達に頼んでも、宰相や実務卿に却下されれば、それまでなのだ。

 ……真っ当な要請なら先王達に、頼む必要もないし。


「けれどね。

 親として、子供に迷惑を掛けたままではいたくないの。

 だから、少ないお小遣いをやりくりしてでも王城に残らせてもらっていますのよ?

 夜会用のドレスなんてとても手が出せないので、小規模なお茶会を開いたり、誰かのお茶会に呼んでいただけるように"お友達"を大事にするくらいしか出来ませんけどね?」

「……」


 ユーリカには、リアーナの言ってることが理解出来ない。

 ユーリカは日本人であり、物語の中くらいでしか本物の王族を知らないのだ。

 王族なのだから、位を譲っても王城内で、贅沢な暮らしをしているのだろう程度の予想しかしていなかった。

 しかし、目の前の王族は、苦しい生活を覚悟で王城に残っていると言う……。

 ただ、


「……子供のために。

 それだけは分かります。

 それが嘘でないのも……」


 それがユーリカの偽りない感情。

 自身もマナのためなら、多少の苦悩は厭わないと自信を持って言えるから!


「ありがとうございます。

 でしたら、早速ではありますけど、陛下とマナ様のためにも月に1度で良いので、王城でお茶会を開いてくださいませんか?」

「え!」

「大丈夫ですよ!

 手配から何から何まで私"達"が行わせていただきますので、ユーリカ夫人は少し早く着て、お客様を出迎えるだけで構いませんわ!」

「ちょっ!」

「"ちょうど良かった"ですか?

 まあ、同じことを考えていたなんて!

 素晴らしい偶然ですわ!」


 これまでの態度が嘘のように、一気に捲し立てるリアーナ上王妃。


「そんなことは……」

「私、

 先ほど痛感いたしましたの!

 私でも顔を知られていないことがございますのよ?

 であれば!

 ユーリカ夫人がお茶会を開くのも、お互いの顔を知る良い機会になるとは思いませんこと?」

「リアーナ様、素晴らしいですわ!」

「ですわよね!

 ユーリカ様には社交の場をもっと持っていただかなくてわ!」


 どうにか、撤回を頼もうとしている内に、物陰からジンバル夫人とフォービット夫人が現れて、リアーナに同調する。

 ユーリカは、ここで初めて最初の自己紹介がこのための布石だったと気付いたのだった。










「だから、聞いただろ?

 お前が良いなら、それで良いけどって」


 夜、リアーナとのお茶会の件を話したユーリカに返ってきたのは、旦那の冷たい一言だった。


「マナを王妃にするなら、その母親であるお前も社交界に顔を売る必要が出てくるのは当然だし、王都に駐留する羽目になるなんて分かりきっていたじゃないか……」


 ユーリスは既にこの展開を予想していたらしい。


「……仕掛けてくるのは早かったがな。

 まあ、下手に逃がせば来年の正月まで出てこないだろうと焦る気持ちも分かる。

 後な、各家の奥方連中がマナを王妃に推すように誘導したのは、あの先代王妃だぞ?

 それが"レンターへの罪滅ぼし"だ。

 そのために楽隠居する道を棄てて、後ろ指差される居候生活を選んだ女傑だ。

 油断すると痛い目を見るからな?」


 ……ユーリカには、全然嬉しくない忠告をするユーリスだった。

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