第280話 近況報告 勇者

 レナ・マウントホークに次いで出てきたのは、勇者達の1人であり、今はファーラシア王都からトランセウ教国への街道沿いに領地を構える子爵当主。




『リョウ・スギタ

 異世界召喚に巻き込まれた者 本名は杉田凉

 年齢14歳(中二と聞いたユーリスの推測・外観は不明)

 黒髪濃い茶瞳

 ファーラシア王国元第1王子のロランド(魔族に唆されてユーリス召喚を実行した者)に利用されそうになっていた所を、ユーリスに助けられた

 ユーリスの指示の元当時第2王子だったレンターに従い、冒険者から王子の護衛を経て現在はファーラシア北部街道沿いに領地を持つ子爵となっているらしい

 家族構成は、妻(複数)』




「何故、伝聞形式で?」

「私の配下が誰も会っていないから。

 ファーラシア王宮は争乱の影響で、貴族や使用人の移動が激しくてね。

 運悪く密偵が宮中を排除されたのよ」

「まあ密偵ですので、それを公言して居座るわけにもいきませんが……」


 ブルーノの質問にシンプルな答えを出すトルシェ。

 その事情にブルーノも納得するしかない。


「そもそもファーラシア王国なんて、歴史的にも立ち位置的にも微妙な小国だったのよ?

 王国全体でも数人しか入れていなかったわ」

「……確かに」


 国土はそれなりの広さだが、東部の大半が魔物領域だったファーラシアは、国力の低いその内に消滅しそうな規模の国でしかなかったのだ。

 派遣されていた密偵も、ファーラシア内部よりイグダードのエルフ達を監視する目的が強かった。


『シンジ・ナカノ

 異世界召喚に巻き込まれた者 本名中野伸二

 年齢、容姿及び子爵位を得たまでの経緯はスギタに準ずる

 その後、異世界の知識を利用した資金調達を行うも、失敗して借金を返済するために爵位返上

 現在は義父の住むジンバット王国の伯爵家にてダンジョン攻略を行っている

 家族構成は、妻(複数)』




「……ジンバット方面にダンジョンなんてあったかしら?」

「小さなモノが幾つかございますが、気脈の淀みで生じたモノですので、トージェン様がご存じないのも当然かと……」


 爵位返上に触れることはなく、ダンジョンについて首を傾げるトルシェ。

 長年まともな教育を施された者でも失敗して、改易命令を受けることが珍しくない貴族社会で、専門知識のない者をいきなり子爵に据えれば当然と言うのが、トルシェ達の考えだった。


「……まあ、あの辺りは姉上に攻撃されて飛び散った私の鱗が其処ら中に埋まっているだろうし、気脈もぐちゃぐちゃでしょうね」

「酷い環境破壊が為されていたと伺いました。

 近年まで高位の水竜様が派遣されていたとか……」


 荒れ果てた大地に歪んだ魔力がこびり付いた荒野。

 その所処には、竜鱗が刺さって巨大な亀裂となっていたと言う。

 数百年後にその地の魔力を利用して、発展した文明も結局セフィアの暴走によって滅び、地下に残ったダンジョンだけが成長して現存する皮肉。

 その姉妹喧嘩の後始末に駆り出された竜も大変だったことだろう。


「ええ。

 今は天帝宮の麓で休暇を楽しんでいるわ。

 彼女は後30年程の休暇を消化したら南大陸へ派遣する予定」


 スパンの長い話だが超長命種達にとっては、最近の話でしかない。


「そういえば、ファーラシアの王都にも私の鱗が発生源のダンジョンが1つあったのだけど、姉上が攻略したのがそのダンジョンなのは因果なものね」

「さすがはセフィア様でございますね。

 トージェン様の鱗があるダンジョンは、死壓鱗しおうりんが再現したトージェン様の分身もいるはずですのに……」

「分身体って言っても普通の真竜種よりちょっと強いドラゴンゾンビよ。

 大したことはないわ」

「……次に参りましょう」


 真竜種そのものが、この世界では最上位の厄災であるが、それを凌駕する姉妹達へは言うだけ無駄だと判断したブルーノは、先を促す。




『ガイヤ・ミツルギ

 異世界召喚に巻き込まれた者 本名御剣地神

 年齢、容姿及び子爵位を得たまでの経緯はスギタに準ずる

 東部と北部の境付近に領地を得て、マウントホーク辺境伯家の寄子をしている

 家族構成は、妻(複数)』




「……この者には新たに密偵を出すべきですな」

「そうね。

 情報源として抱き込みたいし、ネミア手配してくれる」

「畏まりました。

 私の実家から数名入れておきます」


 頼んだわよと告げて、次の資料に移る。

 堅実で1番成功しているから目立たない。

 即ち情報が少ないのだった。




『ミチヤ・オオイケ

 異世界召喚に巻き込まれた者 本名大池道也

 年齢、容姿及び子爵位を得たまでの経緯はスギタに準ずる

 西部に領地を得ている』




「オオイケ。

 ……その者はケイムアッテン本家の娘婿として、縁を結んでおります。

 当主を通じて、ある程度制御も可能かと……」

「ケイムアッテン?」


 若い密偵の1人が報告を上げれば、その中の聞き慣れない名詞をトルシェが尋ねる。


「情報統制のために、侯爵家へ仕立て上げた配下です。

 マーキル王国は獣人族と人族の勢力境ですので……」

「そう。

 じゃあそちらは任せるわ」


 既に影響力を及ぼせる範囲であれば、追加で策を巡らせるのは悪手であると判断したトルシェは、現状維持を指示する。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る