第279話 近況報告 マウントホーク一家
さて、ユーリスがオークション会場で徒労感を感じている頃。
遠い西の大陸、その中央にある山の頂上に建てられた豪奢な神殿では、世界各地に散らばっている密偵が、その意識を宮殿にある分体へ送っていた。
今日はトルシェこと『死糸』のトージェンが本年中に起こった事象を集計し、来年以降の対応や方針を定める重要な日だった。
「さて、ネミア。
報告を始めなさい」
粗方の世界情勢を聞いたトルシェは、本年最大の通達事項を行うために、ユーリス付きのメイドをしているネミアを促す。
「はい。
現在、私達がお仕えしているのは、ユーリス・マウントホーク辺境伯様でございます。
トージェン様、この方に関する書類をお願いします」
「ええ」
ネミアの声を聞いたトルシェは、中央のテーブルに書類を広げる。
そこには、
『ユーリス・マウントホーク
異世界からの召喚者 本名は鷹山祐介
年齢37歳(自己申告・外観は17歳前後)
竜化するに伴い、黒髪黒瞳から白髪黒瞳、白髪赤瞳へと変化したらしい
固有技能として"竜へ至る魂"と呼ばれるスキルを持ち、強力な身体能力と膨大な魔力を持つ
冒険者から迷宮踏破者を経て、辺境伯の地位に至る
家族構成は、妻と娘2人
最重要項目、天位のセフィアの転生体』
と書かれていた。
分体越しに密偵達の困惑の気配がトルシェにも伝わってきた。
「セフィア様の。
これは事実でしょうか?」
「ええ。
私が保障するわ」
密偵団の長老格ブルーノが問えば、トルシェが太鼓判を押す。
「……現在の主に報告しても宜しいでしょうか?」
「今の主は東大陸の王族だったかしら?」
「そちらは子孫が仕えております。
私はあくまで初代様のみに……」
「……そう。
あの娘なら問題はなさそうね。
許可するわ。
他に報告したい者はいる?」
「……」
自身の問い掛けに沈黙が返ってきたのを当然かと捉えるトルシェ。
ブルーノのように真竜に仕えている密偵は少なく、大半は人族や亜人族に仕える。
セフィアの名前を知る者も少ないのが当然。
数少ない竜に仕える配下でも、多くの場合は、真竜ではない竜種であり、そこにセフィアの存在を知らせるのは危険が高いとも考える。
「じゃあ次ね」
『ユーリカ・マウントホーク
異世界召喚に巻き込まれた者 本名鷹山優香
年齢33歳(自己申告・外観は25歳前後)
茶色が交じった黒髪に茶瞳の変わった容姿、元の世界では平凡な容姿だったと言うのが本人談
ユーリスの妻でユーリスを通して、セフィアの影響を受けていたので強力なユニークスキルを保有している可能性があるが、本人の希望で冒険者はしていないため詳細不明
料理を趣味にしているためか、辺境伯家の食生活水準を上げるだけに留まらず、幾つか商売で利益を出している模様』
「巻き込まれた者と言うことは、召喚の主目的はユーリス様と言うことでしょうか?」
「そうよ」
「ユーリス様、つまりはセフィア様の転生体を呼び戻そうとしたわけですね?
何処かの邪教集団の仕業かもしれませんし、特命部隊を編成するべきでは?」
密偵達の中でも若い世代に属する1人が進言するが、年配層は苦笑気味の表情で黙る。
「必要ない。
今回の黒幕は魔族で、その更に黒幕はうちの妹だったわ」
「……」
「さすがでございますね。
邪神セフィルートと偽ってセフィア様を呼び戻すリースリッテ様。
そして、魔族を速やかに見付け出し我らの知らぬ間に処断されたトージェン様も」
黙り込む若者に対して、別段の感嘆もなく称賛を口にするブルーノ。
どちらかと言えば、批難の色合いを帯びた言葉である。
「さて、次ね」
『マナ・マウントホーク
異世界召喚に巻き込まれた者 本名鷹山真奈美
年齢8歳(ユーリスの申告・外観は年相応)
母親に準じた容姿である
治癒系と浄化系の複合型ユニークスキルを持つらしい
異世界でサブカルチャーと呼ばれる創作物語を好み、その影響でこの世界を楽しんでいる傾向があり、要注意
なお、このサブカルチャーは前述したユーリスや後述する勇者と呼ばれる巻き込まれた人間達にも、浸透しているので、文化的価値が高いと思われる』
「創作物語と言うと、小説や伝記ですかな?
何故、それが要注意事項に?」
「どちらかと言うとロテッセオの好む連続静止画等だな。
特に異世界に喚ばれた者が活躍する物語を好んでいた。
彼女達は、それに傾倒して知らずに危険な行動に出る可能性があり、そうなれば姉上が暴走する危険を孕む」
「「「……」」」
真剣な眼で語るトルシェに重い沈黙が生じる。
分体越しに情報を得た密偵達の顔は、今頃真っ青だろうと思うトルシェ。
「次が姉上の家族の最後の1人」
『レナ・マウントホーク
ユーリスが、大量の精霊力と自身の魔法能力で産み出した真竜の少女
年齢は生後半年くらい(ユーリスの申告・外観はマナと同じくらい)
セフィアが行っていた他の生物を真竜種へ昇格させる能力の残滓によるものと推測されるが、本人も含め詳細を理解している者がいない
産まれる時に、ユーリスから記憶を転写されているので、人格的にも知識的にもマナより歳上相応だが、本人はマナを姉として慕っている
……腹黒い』
「……最後の一文は」
「私の感想よ」
呆れた声で確認を取るブルーノに、疚しいことは何もないと胸を張るトルシェ。
変な確執を作ってきたなと当たりを付ける密偵達。
「さて、次は姉上の家族以外の異世界人の報告よ」
誤魔化すように宣言する様は、伝え聞くセフィアの誤魔化し方に良く似ていたとは密偵達が後日語ったものだった。
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