第281話 近況報告 ファーラシア

 巻き込まれた異世界人達を制御下に置く方針としたトルシェ達は、次いで重要なファーラシア王国内の勢力に目を向ける。




『ロランド・ファーラシア

 金髪碧眼の王子らしい外見

 ファーラシア王国の元第1王子で、ユーリスをこの世界に召喚した実行犯

 紛争問題を利用して、王権を奪うも弟王子レンターに奪い返されて、現在はアガーム王国のパンプル侯爵家に身を寄せている』




「例の召喚実行犯ですか?

 ……絵に描いたような短絡的な行動ですな」


 ブルーノが呆れた声を上げる。

 これからユーリスの巻き起こすかもしれない騒動を思い、頭の痛い密偵達から視れば、この男は質の悪い加害者でしかない。


「今はパンプル侯爵家にて、次期当主として再教育を受けている最中のはずです。

 今後、問題を起こすとは考えにくいかと……」

「パンプル侯爵家とやらは、我々に近しい勢力かね?」


 先ほどとは別の若い密偵がロランドを擁護し、ブルーノが確認を行う。


「あいにくと我々の勢力とは縁がございません。

 しかしパンプル侯爵領は山間の盆地に配されて、外部への交流手段が少ないですので、他者の影響は受けにくいでしょうし、侯爵はアガーム王と親しい間柄です。

 アガーム王は、ユーリス様の治める辺境伯領との協調を望まれておりますので問題を起こすとは思えません。

 懸念があるとすれば、侯爵以外のパンプル領の住人。

 僻地ゆえの選民思想が見受けられますが、その指向はアガーム王都へ向いております」


 そのように誘導されているとも言えるが、環境の厳しい土地で小さなコミュニティを維持していくには、共通の外敵を持つのが1番なのも事実。


「……姉上に目が向く可能性は低いか。

 念のため、パンプル侯爵領近辺の情報収集を強化しなさい」

「はい!」




『レンター・ファーラシア

 若干濃い色合いながら兄ロランドと良く似た配色の髪と瞳

 ファーラシア王国の現国王で、ユーリスとは協力者の関係にある

 兄との争いの末、王位を継承することになり、直後に不良債権であった東部開発に成功

 貴族間の領地争いに介入してきた他国を追い払い、逆撃の末に領土を広げた名君

 ……ユーリスのやらかしに巻き込まれ中の被害者と推測される』




「「「……」」」


 外部から見た評価の最後に付け加えられたコメントに、重い沈黙が広がる。

 それが全てを物語っていた。

 先祖代々、セフィアのやらかしを語り継がれてきた密偵達は、とても彼が世間で語られる成功者には思えず、むしろ、被害者であろうと同情する空気となる。


「……さて次よ」





『アルフォード・ファーラシア

 白髪交じりで霞み気味の金髪に碧眼

 ロランド達の父親で先代ファーラシア国王

 精神的に弱く、決断力に欠け、その割にプライドの高い愚物

 自分に似た長子ロランドの存在に安心し、王妃似のレンターを妬んだことが、ユーリス召喚の間接的な原因であることを考えれば、最大の戦犯と言える

 現在は郊外に幽閉中』




「……かなり悪意を含んだ報告書ね」

「事実ですので」


 トルシェの言葉に素っ気なく返される返答。

 調査を担当した密偵は、どうにもアルフォードと確執があったような空気だが、内容が事実なのも間違いないので、トルシェもそれ以上を突っ込む気はないらしい。




『ミネット・ファーゼル

 赤みを帯びた金髪に碧眼

 現王レンターの同母姉で、旧名はミネット・ファーラシア

 内紛時からレンター側に付き、その貢献と血筋から新領の領主と認められる

 その爵位経歴等は複雑なため後述する』




「後述とは?」

「少しややこしいので、後に回したわ。

 先にファーラシア勢力の情報共有を優先したいの」

「……たまわりました」


 報告会で順序を乱せば、情報の共有に悪影響がある。

 念のためと言う形で聞いたブルーノなりの部下や若い世代への配慮であった。



『ロッド・ボーグ

 南部閥に属する高位貴族ボーグ家の当主であり、先代の宰相だったが、紛争のおりに上位アンデッドと遭遇し、死亡が確認されている

 アルフォード時代の宮中が、辛うじて維持出来ていたのは、この老侯爵の尽力による

 最初期にユーリス家族を保護した人物でもある

 なお、嫡男夫婦も同アンデッドにより殺害され、ボーグ領は次男が引き継いでいる』




「昔ならいざ知らず、近年でダンジョンの外に高位アンデッドが現れると言うのは聞きませんな。

 紛争のいざこざが原因では?」

「その辺は不明だけど、侯爵が消息を絶った近郊で『盲誠の騎士』の気配を感じたわ。

 その際にユーリスに出会ったの」


 人同士の争いをアンデッドに擦り付けたのでは?

 と問うブルーノにトルシェが否定を出す。


「それはまた珍しいアンデッドでございますな。

 てっきり『吸血鬼バンパイア』や『死霊王リッチ』のようなもののテリトリーに足を踏み入れたとばかり……」

「ええ。

 そういう手もあるわね。

 けど、今回は違うわよ?」

「……ですな。

 しかし、忠義の化身とも謳われる高潔なアンデッドに命を奪われるとは、存外と彼の老侯爵もあくどいことに手を染めていたのでしょうな」

「可能性は高いわね。

 けど、『盲誠の騎士』になるなんて、かなりレベルの高い人物であることも確かなのよね……。

 そんな人物に怨まれると言うのも考えにくいわ」


 ダンジョンで栄える中央大陸は良くも悪くもレベルの高い人物は優遇される。

 そんな地域で高位レベルの者から、死んでも死にきれない怨みを買うと言うのは考えにくい。

 宰相クラスとは言え、生前に意見出来ても不思議でないのだが?




『レオン・ジンバル

 西部閥に属する侯爵で、レンター王制下で宰相となった男

 ユーリスに近く保身傾向が強いので、マウントホーク辺境伯への盾として期待できる』




「良い情報ね」

「そうですな。

 下手にユーリス様を争いの方向へ向ける方より遥かに安心です」

「他の実務卿にも言えることですが、内紛が良い方に作用しております。

 レンター陛下の信奉者で王宮の上層部が固められましたので……」




『ポッテン・フォービット内務卿

 法衣子爵家出身

 内務卿はファーラシア王国に置ける内政執行長官の位』




『シュナイダー・ファークス軍務卿

 法衣伯爵家出身

 軍務卿はファーラシア王国に置ける軍閥のトップ』




『レギアン・ノリック外務卿

 法衣伯爵家出身

 外務卿はファーラシア王国に置ける外交長官の位』





「……ファーラシア王国は大臣制度を採用していないのね?」

「はい。

 任命権も王権から独立しております。

 元々成り上がりのファーラシア王家を祖とする国故に貴族の力が強い風潮がございます」

「これも第1王子ロランドが暴走した遠因かしら」

「されど、ユーリス様には都合が良いかと……」

「……そうね」


 王が指名する大臣ではなく、王と諸侯の談合で執政者を決める国政。

 それが王太子選定を遅らせ、焦ったロランドが暴走したと捉えるトルシェだが、力有る貴族が王命を跳ね退けられる現状は結果的に利点であると頷く。


「さて、次はファーラシア王国の実務貴族ではないけど、姉上に関係が深い貴族……」




『ハロルド・ジューナス

 ファーラシア王国の公爵家当主

 数少ない王族に代わって、国内外の貴族とのやり取りを担う

 最近はマウントホーク家との連絡役を担うことが多い』




「……重要な貴族ね」

「……はい」


 仮にジューナス公爵が操られようものなら、大紛争に発展しそうな立ち位置である。

 重要人物としての共通認識を確認するトルシェとブルーノだった。





『アゼル・ジューナス

 ロイド・ジューナス

 ハロルドジューナスの子供で公爵子息

 兄アゼルは、プライドだけの無能

 弟ロイドは、有能だが兄を蹴落とすだけの気概はなく、除籍を受けてジューナス公爵家を出奔している』




「……大丈夫なの?」

「「「……」」」


 ハロルド・ジューナスが、ユーリスに取って重要な人物と認識した直後にその後継の問題は精神的にキツいものがある。

 トルシェの問いに答えられる者はいなかった。

 1人を除いて、


「マウントホーク家との連絡はロイド・ジューナスが引き継ぐ予定とのことですので、現時点では問題ないかと思います」

「……そう」


 ネミアの報告に少しだけ安堵するトルシェ達。


「念のため、ロイド・ジューナスの周りに護衛を配しておきなさい」

「はっ」


 ロイドが暗殺された場合の危険性を考慮したトルシェは、そのような指示を出す。

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