第267話 パンネッタ・マキナーの手紙

「『久し振りですね。シュール。

 手短に用件だけ伝えます。

 あなたの職権で、我がマキナー家に属する者に便宜を。

 特に我が子ルガートは才気溢れる俊英。

 従士隊幹部は当然でしょう……』

 ……何これ?」


 シュールが持ってきた手紙を俺から受け取ったミフィアが何とも言えない顔で首を傾げる。

 数分前の俺と同じ感覚に落ちているのだろうな。


「私の伯母に当たるパンネッタ・マキナーからの手紙です」

「「……」」


 無表情で答えるシュールに思わずミフィアと顔を見合わせてしまった。


「……。

 あー、シュールはマーキル王国の騎士団時代に格別の配慮を受けていたのか?」

「ありません」

「……そうか」


 格段世話になった伯母からの個人的なお願いだと言い張れば、ギリギリでセーフに出来なくもないと思ったんだが違うらしい。


「何で他国の貴族家で家宰をしている相手が、こんな一方的な要請に従うと思ったのかな?」

「分からん。

 ……念のために確認するが、シュールは要請に負けて便宜を図ったりしていないよな?」

「もちろんです。

 あの街の代官をマキナー家の分家から採用してはいますが、それはあくまで名目上の責任者であると言うだけで、実務はマーキル王国から派遣された官僚が担っていますし……。

 伯母の行動を見越して、マキナー家の人間を派遣した可能性も多少ありますが、敢えてこのリスクを無視したとも思えませんし……」


 呆れた声のミフィアに答えつつ、シュールに確認を取るが特別な便宜は図っていないらしい。


「ちょっと!

 その言い方だとマーキル王国中に知れ渡るレベルの駄目女ってことじゃないの?

 何でそんな奴の息子を従士に入れているわけ?!」

「……確かに。

 やらかした奴なのか?」


 ミフィアの追及に同意して尋ねると、大きく溜め息を付くシュールが眼を据わらせた。


「……。

 彼女は父の異母姉に当たりまして、向こうが正妻の子供。

 父は側室腹に当たります」

「うん?」

「え?」


 シュールの発言に再び2人で首を傾げた。

 ステータスがあり、男女の身体能力に極端な差がないこの世界では、家は長子継承が基本。

 それが覆るほどの問題児か?

 俺はてっきり、


「先代当主が婚前に手を出した愛人の子じゃないの?」

「違います。

 彼女は降嫁なされた王妹殿下の娘で、父は分家から嫁いだ側室の子供に当たります」


 俺と同じことを考えていたミフィアの問いにしっかりと否定を述べるシュール。


「当主の地位も伯母が本来なら継ぐ予定でした。

 しかし、ジンバット王国の正使の方を公の場で子爵程度と馬鹿にしたらしく……」


 ……あり得ねえ。

 そう思って、ミフィアを見ると、


「「……」」


 向こうも同じように思ったらしく、顔を見合わせる。


「俺もラロルのアホな正使を貶しまくった挙げ句に私刑にしたけどさ。

 あれは敵勢よりの中立国であるラロルへの牽制だぞ?

 何で王家同士で近しい血縁にある同盟国の正使を馬鹿に出来るんだよ?

 幾ら爵位は低くても正式な使者の時点で、相手国その物だぞ?」

「まさにその通りで、その一件で伯母は公爵家の継承権を剥奪され、先代夫人は王家の所有する別荘にて療養。

 父が公爵家を継ぐことになりました」

「むしろ、マキナー伯爵はよくそんな女を引き取ったな?」

「……恐らくレック公爵家へ貸しを作るつもりだったのでしょう。

 しかし、王家に近い血を持つ伯母を子爵や男爵が抑えられるとも思えず、かと言って弟の父ももて余すことは目にみえていたかと思います」

「それでその手紙か?

 それを理由に当主の隠居くらいは要請出来る代物だぞ?」


 俺がこの手紙を持って行ってマーキル王国に抗議すれば、マーキル国王が直接謝罪するしかない所まで追い込まれる。

 そうなれば、夫人を抑えられなかった現当主は隠退。

 次期当主を遠縁から招くように命令が下るのは確定だろう。

 その時は、そんな親族を持つシュールが家宰で大丈夫だろうか?

 と言う意見が上がって、辺境伯家も揉めることになるけど……。


「ええ。

 ……マーキル王国内であればマキナー伯爵の眼がありましたし、王妹殿下の威光もあったのでどうにかなってきたのでしょうが、さすがに他国貴族の家宰へこのような真似をするとは」

「ちなみにルガートとやらはどうなのだ?

 勤勉ではないだろうが……」


 実家が、法衣とは言え力有る貴族なのだし、勤勉で能力があれば今頃従士家設立の許可は得ているだろうと尋ねれば、


「危険な任務は拒否し、そのくせ権利ばかりを主張する厄介者です。

 伯母の意向もあり排除は難しいのですが……」


 そこにはシュール自身の保身もあるし、そこから派生して俺の労働量増加にも繋がる。

 ……当然の話だな。

 要らん労力を買う奴がはずもない。

 しかし、


「そうか。

 ……これを良い機会として、マキナー伯爵家の力を削ごう。

 シュール。

 ルガート・マキナーを呼んでくれ。

 手紙の配達を指示する。

 ミフィア。

 すまないが、冬夢とうむを呼んできてくれ」


 ルガートの放置は更なる問題へと悪化することが分かっているので対応を行う。

 その場合、シュールを追い落とさずに、マキナー伯爵家の縁だけを除外するってのは正攻法では無理なので、裏から陥れることになりそうだが……。

 うん、何時も通りだ。

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