第268話 マナへの手紙

 マウントホーク辺境伯家次期当主であるマナ・マウントホークの元に、1通の手紙が届けられた。

 そこには、


『近々迎えに行く。父』


 と言う簡潔なメッセージ……。

 

「何これ?」


 学園の冬季休業が始まって、帰国を急ぐ各国の子女達を後目にダンジョンアタックを繰り返していたらしいマナは、俺から受け取った手紙を見て首を傾げた。


「俺からの手紙だが?」

「パパ……。

 お手紙って言うのは遠くの人に会えない代わりに送るものなんだよ?」

「知ってるよ!

 お前が3日もダンジョンに篭っていたから、俺が手紙に追い付いたんだろうに!」


 憐れみの視線を向ける娘に実情を説明すると、目線を脇に逸らす。


「……まあ、ダンジョンに潜る許可を出したのは俺だから別にとやかくは言わんがな。

 せめて帰国が近い時期はあまり入らないようにしなさい」

「はーい。

 それでお手紙を?」

「ああ。

 年末年始はやることが目白押しでな?

 迎えに行ったタイミングでダンジョンアタックを掛けられても困ると、事前に手紙を出しておいたんだ。

 ……無駄だったけどな」


 ……裏事情は話すことなく、時間節約と言う建前を前面に出す。


「エヘヘ。

 あ、これ見て!

 『ホルダーリング』って言うアイテムなんだけど!」


 誤魔化し笑いの後に、露骨な話題の転換だがこちらも詮索されたくないので乗っかることにする。


「ホルダーリング?」


 鑑定を仕掛けると、アイテムを10個まで収納可能な魔道具と言う結果。


「マジックバッグの腕輪版か。

 むしろ、探索向きのアイテムだな」

「34層の小さな悪魔が持ってるの!」

「そうか……」


 マジックバッグの簡易版があった驚きより、8歳の子供がそんな深い層に到達している事実に半ば呆れる。

 まあ、広域攻撃能力では俺より遥かに優秀な真竜レナに、物理寄り魔道戦士ルーンソルジャーの春音と強化魔術バフ寄り魔道戦士の秋音。

 攻撃的な魔術を得意とする水賢に、精霊の癖に拳闘士グラップラーな水打。

 マナ本人も攻撃魔術を使える治癒魔術師ヒーラーだし、それに加えてフォックステイル達の支援もあれば、そのくらいの階層は探索出来るのは理解出来るが、少し油断している可能性があるな。

 ……うむ。

 これも問題として捉えておこう。


「……さて、明日の朝一でミーティアを出立するから、今日の内に実家へ持っていく物をまとめておいてくれ。

 マジックバッグを用意させるから、嵩張るものはそれに入れなさい」

「「はーい」」


 2人の娘にそれぞれマジックバッグを渡して、帰宅の準備を急がせる。


「さて、賢寿。

 今後のミーティアに置けるフォックステイルの立ち回りだが、アガーム王国内の販路の拡大に伴って、ミーティア経由のオドース侯爵家との交易優先度は落ちていくことになるだろう。

 かと言ってラロル帝国側への商路開拓は、既存勢力を出し抜くのが難しい。

 来年末を目処にこの店は、ダンジョン産出物の高額販売と周辺村落から買い付けた農産物の格安提供の2つをメインとして、オドース領からの建材輸送は停止する」

「そうなりますと……。

 組織の再編を夏頃までに進め、秋から冬に掛けて引き継ぎを行いますかな?」


 さすがに狐の里で為政者に近い側の奴は理解が早くて助かる。


「そうだな。

 メインだった木材調達の部門員を、今後主力となる2つに回して、賢寿を含む数名は他の街に回ってもらいたいのだが?」

「構いませんぞ。

 そろそろこの街にも飽きてきた所ですからな」


 そう言ってカカカッと笑う賢寿。


「頼む」

「……中継地はいかがいたしますかな?」

「うむ。

 リングスのボルドー商会だな?」


 前に煮え湯を飲まされかけたのは事実だが、人格、能力的にも先細ったリングス王国で腐らせるのは惜しい人物ではある。

 このまま行けば、小国群がラロル帝国に併合されるのは間違いないだろうが、かと言って下手な情報を与えて、リングスが混乱するのも望ましくはない。

 帝国の介入が早まれば、フォックステイルの商路に悪影響も……。


「エリオにそれとなく情報を漏らして、ボルドーに伝えてやれ。

 ……後は知らん」

「よろしいので?」

「ああ」


 確認を求める賢寿に頷く。

 ボルドー商会が動いて、リングスが混乱しフォックステイルの商路が予定より早く潰れても、基盤を失ったボルドー商会を引き込めるだろうから、長期的な収支はプラスだろう。

 仮にボルドーが動かなければ、こちらは当初の予定通りに進むだけなので、プラマイゼロである。

 下手に強要して敵対するよりもその方が良いだろうと自分に言い訳する。

 本音はそれなりに親しくなったあの親子が不幸になる姿は見たくないだけだがな。

 とこっそり自嘲するのだった。

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