第266話 ルガート・マキナー

 トランタウ教国を出て1週間。

 無事に本拠地であるドラグネアに戻ると、すぐさま別行動をしていたミフィアがやって来た。

 元従士の行動の裏を取るために尾行していたコイツが戻ってきたと言うことは、あの女の裏が取れたと言うことだろう。

 年内には片付かないと思っていたのだが、早く済んで良かったのか、それとも早く済むほど単純な構図だから悪いことなのか。

 悩ましい話ではあるが、ひとまずシュールを呼んで密談と洒落込む。






「お帰りなさいませ。ユーリス様。

 ……それで帰宅早々のお呼び出しと言うことは、何か問題があったのですね?」

「それをこれから聞くところだ。

 下手に伝聞するより、目撃者の証言の方が正確な情報だろ?

 ミフィア、頼む」


 帰宅直後の呼び出しで、何か問題があったと言う判断をしてくるシュール。

 速やかに人払いをする時点で、俺の信用無さがよく分かる。

 怠け者気質な俺が、外遊直後に仕事の呼び出しをしたから、何か重要案件があったと判断されたらしい。

 日頃の行いが大事だなと思いつつも、ミフィアを促す。


「了解。

 ……私はスライム襲撃のどさくさでベストリアを暗殺したマルティナと言う女を尾行していたのだけど、それは知っている?」


 あ、ヤバ!


「はい? 初耳ですよ! 閣下!」


 はい、報告忘れで怒られた。


「すまん、すまん。

 実はベストリアの死因はスライムとの交戦中に部下に背後から刺されたことなのだ」

「何故そのような大事なことを!

 従士達にそんな危険分子が潜んでいるなら……」

「そうだな。……だからだよ」

「え?」


 ヒートアップしそうなシュールへ真相を伝える。

 それでも諫言を述べようとするシュールに同意して熱を冷まし、


「従士達の中に辺境伯家を貶めようとか害そうなんて奴はいないだろう。

 当たり前だよな?

 我が家は新興で大身な貴族だ。

 下手に睨まれたら大変だから、上に対しては警戒心も働くし、そうでなくても3代も仕えれば普代の家臣家を興せるチャンスが大量にある。

 ……普通なら真面目に勤めた方が得策だ」

「……つまり、かなりの危険を承知で辺境伯家に仇なす必要がある者が従士の中に潜んでいると判断されたのですね?」


 俺の言わんとすることを理解したシュールに頷く。

 更に言えば、


「例の部下は南部閥貴族の出身だ。

 サザーラント帝国の意趣返しか、或いは調略を疑うべきだろうと思った」

「そうですか。

 ……ん?

 サザーラント勢力の介入?」


 神妙に聞いていたシュールが首を傾げる。

 ん?

 あ、失敗した。


「閣下!

 逆にサザーラント勢の暗躍であれば、我ら北方国出身者へ事前通達すべきでしょうし!

 これは、今考えた言い訳ですね!」

「あー、うーん。

 そうだな。すみませんでした」


 更に誤魔化そうと頭を捻り、結局諦めて白状する。

 そうなんだよな。

 サザーラントからの干渉が考えられるなら、最も攻撃される可能性が高いのはシュールをはじめとする北方国の縁者達。

 アナウンスをしておくべきだったのだが、


「けれどそれが功を奏したわ!」

「「え?」」


 ミフィアが胸を張って宣言すると、主従で疑問符が重なる。


「今回の黒幕はルガート・マキナー。

 マキナー伯爵家の三男に当たる男だそうよ」

「マキナー?

 水晶街道の第3宿場を任せた家だったか?」

「はい。

 領都開発の為に呼び寄せられた私の実家レック家の寄子の1つです」

「つまり北方国勢だったと言うことか……」


 俺の呟きに青い顔で頷くシュール。

 しかし、


「何故、マーキル王国の伯爵家出身者が裏で手を引く真似を?」

「……恐らくではありますが、男爵家出身のベストリア殿が亡くなれば、より高位である自分に従士家設立の権利が回ってくると思ったのではないかと思います」

「あり得ん。

 そもそもマキナー伯爵家に街の代官を任せたのが、シュールの功績とレック家へ恩を売るための対応だぞ?

 ルガートとやらは格段の功績があるわけでもないのに……」

「選民思想の塊みたいだったし、しょうがないんじゃない」


 呆れる俺にバカな2人組を探っていたミフィアが応える。

 つまり、アホな台詞を連発していたんだな。


「うむ……。

 マキナーの治める街の情勢はどうなっている?」

「可もなく不可もなくでしょうか。

 しかし、マキナー家その物が元々法衣貴族家でして……」


 相手よりの立場であるシュールが優秀ではないと明言する時点で、我が家には不要な連中であると判断が付く。

 ましてや、各貴族の実家の財力を利用して街道整備に拍車を掛けるはずの事業に資産能力の低い法衣貴族が混ざっているなんて論外のはずだが?


「……。

 少々お待ちください」


 俺に睨まれている状況に堪えかねて、退席するシュール。


「どうやら事情があるみたいね?」

「そうだな。

 しかし、公爵令息のシュールに圧力を掛ける伯爵ってのも不思議だが?」

「例えば、シュールの妹が伯爵家に嫁入りするとか?」


 待っている間にミフィアに疑問を投げると茶化した内容が返ってくる。


「ないだろ。

 公爵家から伯爵家への降嫁だぞ?

 シュールが気を遣う必要なんて欠片もない」

「そうね。

 ……それでどうするの?」

「消えてもらうのが一番じゃないか?」

「実家ごと?」

「シュールの事情次第だが、少なくとも宿場街の代官からは外す。

 第3宿場ってことは南部との連絡路の手前だし、『夜の森』解放時の拠点だ。

 力の弱い法衣貴族をそのままにすれば、混乱の元だからな」


 水晶街道の宿場は王都に最も近いフォックレストから第1となり、ドラグネアに近いほど数字が大きくなる。

 首都が上り路線なのは何処の国でも同じと言うわけだ。

 第3となると王都とドラグネアのほぼ中間で、1番監視の目が届きにくい街。

 そんな所に信用の置けない貴族は配置したくない。


「後はシュールとレック公爵の出方次第でな」

「難しいわよ?」

「分かっている」


 マキナー家がシュールと結び付いているので、下手な追い落としをするとシュールの失点となり、ドラグネア統治に悪影響を及ぼす。

 そこを指摘してくるミフィアにうんざりとした顔で頷き返して、シュールを待つことにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る