第260話 勇者スギタのトランタウ観光記

 大聖堂でユーリス主催による奇跡の復活劇と言う名の冒涜の儀式が行われている最中に、杉田凉改めスギタ子爵は妻と一緒に街の散策に出ていた。

 ……出るように仕向けられたと言うのが正しいかもしれない。

 今回の復活劇の観客に呼ばれた人間は伯爵級以上の高位貴族が殆ど。

 数名の子爵や男爵も紛れてはいるが、彼らはトランタウ教国に伝手のある高位貴族の補佐役ばかり。

 唯一の例外である杉田夫妻だけが迎賓館に取り残された。

 そんな杉田達は、このタイミングで掃除を行いたい迎賓館職員によって観光を勧められた。

 それをユーリスから聞いていた、街に出て"運命の恋人"に出逢うように仕向けられると言う行動と判断した夫妻は、案内役のシスターに快諾をして今に至る。


「あちらに見えますのが大聖堂です。

 本日はユーリス・マウントホーク様の聖人認定式が行われており一般の内覧は禁止されておりますが、常時ですと大聖堂内の中央聖贄台までは一般人の入場観覧が許可されております」


 尖塔を持つ豪奢な建物を指し示しつつ、荷馬車から解説を行うシスター。

 歴史ある宗教都市の常か、観光に力を入れているトランタウの首都ではそれ専用の幌付き馬車があり、修道士や修道女はその御者としての訓練も受けている。

 杉田が人力車の馬車バージョンだと思いつつ、すんなり乗ったのに、対して夫人がかなり躊躇した点からこの世界ではあまり馴染みがないものだろうが、それ故にこの観光馬車を目当てに聖都を訪ねるリピーターなども多い。


「……素晴らしいですね」


 観光馬車には難色を示した夫人も、白を基調とした壮麗な大聖堂には感嘆の声が出る。


「ありがとうございます。

 あの大聖堂こそ最も神聖な場であり、その場に施された結界は、西の大陸に住まう四竜姫でさえ突破は不可能だろうと語られております」

「ふーん」

「そうなの……」

 

 シスターはそれを誇り、四竜姫に勝ると言う自負を語る。

 彼らファーラシア貴族には、真竜種の1体である守護竜ゼファートが味方していると聞いているシスターなりの小さな反意が、最強の真竜達でも勝てない結界だと言う話を付け加えさせる。

 しかし、異世界人である杉田には四竜姫と言うものがピンとこないし、元ジンバット貴族である夫人には、守護竜をやんわり貶められた所で特に不快感はなく。

 シスターが拍子抜けするほどあっさりとした声が返るだけだった。


 これが数世代もすれば、シスターが思うような感情的反応もあっただろうが、現状では乏しいのも必然。

 大多数のファーラシア貴族は守護竜の存在すら半信半疑であり、むしろ国防に関わる故に他国の貴族の方が詳しいだろう。


「ええ。

 仮にユーリス様がゼファート様の力を使っても、聖堂内では聖騎士達に勝つのは至難の技でしょう」

「師匠が?

 ……どうだろう?」


 遠回りの牽制が効果なしと思ったシスターがより直接的な表現で貶める。

 他国に属する冒険者上がりが、長く自分達の身を置く宗教界で一足飛びに頂点へと立ったことに不満があるのは自然な発露だろう。

 対して、特に感慨もない杉田は純粋にユーリスがどうこうなるか? と考えて……。

 ……ないなっと結論付ける。


 空気を読んで、言葉を濁してはいるが異世界物の物語に触れる機会が多かった日本人には、チートの理不尽さが分かっているし、その中でもユーリスのそれは上位だと考えたからの発言だった。


「……あの人。

 竜の力を得る前にダンジョン深層を1人で彷徨いてたからな……。

 聖騎士の中にダンジョンの深部へソロで行ける人はいないし……」

「……侮辱でしょうか?」


 若さ故の過ちである。

 純粋にユーリスの異常性を口にする杉田に対して、自身の行いを棚上げしたシスターが睨み付けてくるが、自分なりの考察に沈む杉田は気付かない。


「聖騎士団の団長が俺と同格くらいの実力だったし、それより強い人はいないって言ってたんだよな。

 師匠相手だと俺程度束になっても相手にならないだろうし……」

「……」


 杉田の言葉に反論の機会を潰されたシスターは沈黙で返す。

 選ばれた存在だと喧伝中の勇者と、聖騎士団の団長が同格と言うのは、教会としては否定出来ない発言である。

 何故なら勇者が強いと言えば、それ以下しかいない教会勢力が侮られる原因になるし、聖騎士団団長が強いと言えば、これも教会上層部を否定したと取られかねないのだ。

 後は、ユーリスが勇者より強いと言う発言を否定するしかないが、どちらもファーラシア貴族であるので、下手な発言が国際問題になってしまう。

 結局、


「あ! あれをご覧ください!

 ルミエール街ですよ!

 大陸有数の商業街です。

 宜しければ、歩いて散策しませんか?」


 露骨に話をずらして、お茶を濁すしかないのだった……。

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