第261話 勇者スギタ、街で娘を助ける
案内役の露骨な説明に、例のイベントの前振りだと判断した杉田は隣の嫁に視線を向けると、そちらからも同意するような視線が返ってくる。
ユーリスから施された事前説明で教会勢力を取り込まなければ、実家に帰らさせるかもしれないと言われた彼女も緊張気味に頷く。
「ちょっと店を観て回るか!」
「私はそろそろ帰りたいわ……」
大根役者な杉田に対して、夫人は心底疲れた声で答える。
迫真の演技と言うわけではなく、感情的には納得のいかない今回のイベントへの嫌悪が表に出ただけだった。
なお、杉田が暴漢から教会有力者の娘を救うイベントの際は、案内役と共に迎賓館へ戻るように指示されているので、謀略によって結ばれたとは言え、夫が他の女性を救う姿を見なくて良いのはありがたいと感じていた。
……まあ、ユーリスやジューナス公爵は、優先すべき妻がいるのに、目の前の女性を助けた軽率な男と言う評判を杉田に付けないための予防策なのだが。
「それは……」
「俺は1人で大丈夫!
それよりも妻をしっかり守って欲しい!」
止めようとした事実とそれを振り切ったのが、子爵自身だと言う証拠を残す。
何があっても自己責任だとこれで明言されるのだが、杉田の内心は複雑である。
『日本で観ていた時は特に違和感なかったのに、師匠と行動するとその裏側が透けて見える。
……俺、穢れちまったよ』
などと心中でぼやいていた。
実際、貴族が護衛も連れずに歩き回れるはずがなく、時折、お忍びと称して独りで行動するシーンも裏で警備の関係者が処罰を受けていると聞かされた身では、ヒロインが暴漢に襲われるシーン? 誰かの策略だろ? と疑ってしまうようになった。
「しかし……」
「さっきも言ったけど、俺はこの国の騎士団長くらい強いから!
師匠クラスが出てこなければなんともないさ!」
「……分かりました」
なおも言い募るシスターに、杉田は自覚がないまま危険な発言で相手を封じる。
いくら事実でも騎士団長と同格だから大丈夫と言う発言を公的に残りかねない場ですれば、今後、杉田はありとあらゆる場で負けることが赦されないことになる。
杉田が負けることはトランタウ教会の騎士団長が負けることと同義にあると勝手に誤認され、それが国辱扱いになりかねないのだが、それに思い至る者はいない。
ユーリスがいれば、ここは"貴族の我が儘"を前面に出すべきであり、実際に戦ったことのない相手を引き合いに出すなと叱責されただろう。
しかし、それを指摘できる者はおらず、
『勇者スギタは、トランタウ教国の騎士団長に匹敵する故に単独の行動を赦された』
と言う公的な情報が出来上がってしまう。
まあ、子爵として領地の維持管理に全力を傾けなくてはならない杉田が、争いの場に出る機会は少ないはずであり、問題にならない可能性は高い。
しかし、僅かな可能性があり、それを潰す機会があるなら、潰しておくのが貴族に求められる能力ではあるのだが……。
「……さて、と。
誰か案内をしてくれるのかな?
それとも動き回った方が良いかな?
……うん、動こう!」
馬車と別れてすぐに呟く杉田。
彼に行動を命じた師匠は、分かりやすいヒントをくれる性格ではないので、"運命の出会い"をする会場に連れてきてくれるまではするだろうが、そこからは自力でやれと考えた可能性が高いと判断した。
「師匠の出したヒントは……。
物語の主人公……。
……ローラッドが初めて訪れた街でするのは、商人街から1歩入った通りを歩くだったよな」
一緒にダンジョンへ潜っていた時期。
マナが自分達も観ていたアニメの話をしていたのだ。
ならば、父親であるユーリスも知っていて当然と判断した杉田は、ならばと主人公ローラッドの動きを真似ることにする。
「……けど、自分がそういう立場になると、改めて主人公達の異常さが浮き彫りになるな。
何で襲われていた側が善人だって分かるんだ?
襲われているのに周囲の人間が助けないなら、犯罪者の可能性もあるのに……」
そんなことを呟きながら裏路地へ入るが、そこも道幅が広く、治安の良さが見て取れる。
さすが宗教国家の首都だと感心しながら、更に考察を深める。
……どちらかが悪でどちらかが正義とも限らないのだが、元中学生にそこまで求めるのは酷だろう。
それでも襲う側と襲われる側がいれば、片方に肩入れした時、50%の確率で悪者になると理解できたことと、美少女が絶対正義でないと理解できたことは大きな進歩である。
「キャー!」
「うるせい!!
おとなしくしろ!」
入ってすぐの所で少女を襲う3人くらいのおっさんを見付ける杉田。
「……早すぎね?」
「……ちぃ!
おい!」
「「ああ!」」
呆れて呟く杉田に対して、男達は1人が少女の逃げ場を塞ぎ、2人が杉田に向かう。
……本格的な連中だな。
などと考えながら、
「そこまでだ!
白昼堂々、女性を襲う悪漢ども! この勇者スギタが相手になってやる!」
「勇者?
何だそれは?
……まあ良い。
邪魔するなら痛目みてもらうぞ!」
「邪魔が嫌なら何でこんな路地で、女性を襲っているんだよ……」
ベタなセリフに思わず突っ込む杉田。
お芝居が目立たなかったら問題だからだろうか。
「「テメに関係ない!」」
近くの男が剣を振り下ろして斬りかかってくる。
「遅い!!」
「エグゥ!」
「ゲベッ!」
そんな男2人のがら空きの胴に拳を突き入れつつ、すり抜ける。
「何だよ!
テメーは!」
訳の分からないことを言いながら、仲間をあっさり倒した少年を前に、残った1人が引きつった顔で声をあげる。
「言っただろ!
勇者だってな!」
「だから何だってんだ?!
おい!」
「ああ行こうぜ!」
「付き合いきれねー!」
再び誇らしげに名乗る杉田だが、この世界で未だに知名度の低い称号である勇者を名乗られたゴロツキは困惑気味に場を離れる。
「全く! 大丈夫ですか?
美しいお嬢さん?」
「あの、ありがとうございます……」
「悪者を追い払うのは騎士の務めですから!
……名乗るのが遅くなりました。
私はファーラシア王国の子爵で杉田と申します。
お名前を伺っても……」
「ファーラシアの……。
申し訳ございません。
名乗る程の者ではありませんので……」
引き気味の少女に爵位を名乗ることで、不審者でないと伝えた杉田だったが、相手の少女からは名乗りを得られなかった。
「しかし……」
「本当にありがとうございました。
失礼いたします」
あっさりと去っていく少女を見送りかけて、
「送っていきます!」
慌てて後を追う杉田だった。
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