第259話 物語の意味を痛感する

「死者蘇生がどのような形かを確認しなかった私も悪いんですが……」


 微妙な尻切れトンボで終わってしまった聖人認定の儀式。

 その後、法王に招かれて彼のプライベートルームへお邪魔した俺に、人払いを済ませた彼が苦い言葉を投げてくる。


「お手数をお掛けしました」


 俺は特に反論もなく素直に謝ることにした。

 いくら死者蘇生を初めて行ったと言え、こちらから持ち出した提案である。

 それを確認していなかったのは確実にこちらの落ち度だ。


「まあ、死者蘇生の奇跡をこの目にした代の法王として、後世に名を残すことが出来るのですから、ユーリス殿には感謝していますよ」

「そう言ってもらえると助かります」


 どうやら不問にしてくれるらしい。

 隣国とは言え他国の貴族だからな。

 下手につつくよりも、鷹揚に構えるべきと言う打算だろうがそれでもありがたい。


「さて、ベルティアなる使徒が辺境伯殿の陪臣の母であることは理解しましたし、彼女の還俗も許可が下りました。

 後の手続きはファーラシア王国内でお願いしますね」

「教会で引き取らなくても良いと?」

「ええ。

 死後、教会へと安置いただければ問題にはなりません。

 新たに建立される教会には別の司祭を入れる予定ですので……」


 下手に生きたまま教会に干渉されても困ると言うのが本音だな。

 俺が彼女とその息子を介して、教会勢力に影響力を持つことを恐れての牽制だろう。

 となると先ほどの俺の失態を不問にするのも、牽制球の1つとみるべきか。


「それはこちらも助かります。

 イムル陪臣家はその親族が先の内乱に関わったこともあり、信頼できる人手が限られているものでして……」

「そうですか。

 安心しました」


 今回の謀が教会への干渉ではないと明言しておく。

 下手に勘繰られて、辺境伯家の中に嫌教会勢力が生まれても困るのだ。

 ……そうだ。

 念のために揺さぶっておこう。


「……そうですね。

 出来れば新たな司祭殿に挨拶でもと思うのですが?」

「その件は後日ではどうでしょうかな?」

「いえ、折角の教会訪問ですので、お手数かと思いますが頼めませんか?」

「……後日改めて場を設けますので」


 ……中々に難色を示すな。

 こっちは新司祭が反主流派かどうかを確認したかっただけなのだが。


「この滞在中は、他の方々との歓談等もありまして……。

 後日となりますと、あちらに戻ってからになるやもしれませんが?」

「……少々お待ちいただけますかな?」


 どうやら観念したようだ。

 法王は立ち上がり部屋を出ていく。

 ……どうやら、俺の力を信じてはいなかったようだな。

 やはりあの法王はリアリスト寄りの気質のようだし、死者蘇生が本当に出来るとは思っていなかったのだろう。

 トランタウ勢が欲したのは、俺に貸しを作ったと言う事実のみとみるべきだな。

 その状況なら、マウントホーク大神殿を反主流派の神官達への飴に使えただろうが、死者蘇生が実際に行われた現状で、その実行者である本物の聖人の膝元を反対勢力に渡すわけにもいかないと言うことで、再調整と言うところか。

 反対勢力の神官の執拗な検分を見る限りは、大神殿を向こうに渡す予定は開示していなかったのだろうが、それは反対派閥を刺激しないための対策だろうし……。


 さて、どういう人事でくるかね?

 俺なら主流派の高齢で社交的でない人物で、一旦、お茶を濁して後日腹心を送るかな?

 高齢であれば、俺には歳を理由に辞退したと言えば良いし、社交的でない人物であれば、黙らせることも難しくない。

 重要なのは、こちらの提案を軽くみていた事実を隠すことだ。

 ……交代させたらそれを理由に大神殿の規模を少し削って圧力を掛けるとしよう。


「失礼しました……」

「いえいえ、お手数をお掛けしました」


 戻ってきた法王を笑顔で迎えながら、腹では権威だけ利用して、口は挟ませない算段を巡らせることになったのだった。

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