第250話 ベストリア・イムル

 ベストリアは、ファーラシア王都に住む軍系法衣男爵家の3女として、この世に生を受けた。

 貴族の称号を持つとは言え、軍人としての体面を維持するのに金の掛かるイムル家では、3女に掛けられる予算は雀の涙ほどで、中堅商人の家以下であった。

 故に彼女は令嬢としての道を早々に諦め、実家に腐るほどあった刀剣を振る技術の修練を積んでいった。

 姉達はそんなベストリアの行動に眉を潜めたが、他の貴族家と繋がるために、教育を受ける権利を得ている彼女らには3女の苦労は分からない。

 ……意識的に分かろうとしなかったと言うべきか。


 さて、騎士として身を立てようと考えたベストリア。彼女は剣士としての才覚に恵まれていたのだが、それが災いして兄達とも溝となる。

 常に魔物と言う脅威にさらされるこの世界では男爵程度の家格なら、武力で家督を譲り受けることも不可能ではないのだ。

 彼女がもう少しだけ人の悪意に敏感であれば、イムル女男爵となっていた可能性もあるのだが、残念ながら、武略の才には恵まれなかった。

 ベストリアの兄達は、ベストリアが女性であることを理由に家督を継ぐべきではないと主張し、それがイムル家としての結論となったのだ。

 確かに女性であれば、妊娠から出産と育児の期間があり、貴族の当主がその間機能しなければ家が傾きかねないが、軍系法衣の家柄なのだから平時の職務は少ない。

 寄親の次男や3男を夫として迎えれば間に合っただろう。


 ベストリアの才覚を家から流出させるくらいなら、そうすべきだったのだが、自分達が立場を逐われることを恐れた兄達はベストリアの才能を過小に喧伝した。

 曰く、


「貴族の令嬢としては優秀だが、自分達より少し強い程度」


 だと。

 ことある度に家臣達にそう言って回った結果、イムル家でのベストリアの評価は微妙なものとなる。

 彼女が周囲に目を向け、家臣達とも一緒に修練すれば別の未来もあったのだろうが、女性であることを理由に、


「女性、それも主家の娘と同じ場では家臣達も修練しにくいし、ベストリアに何かあれば心配だ」


 と言う。

 兄達の善意の皮を被った悪意を真に受けていたのだ。

 それにより、家臣達はベストリアを宝石より剣が好きな奇特な令嬢と言う程度に認識し、家中での孤立化を招いた。

 それは才能を知っている兄達の誤算であり、彼らは家臣に嫁がせて、才能を家のために使わせようとしたが、孤立したベストリアは王国軍に入隊。

 ……家に寄り付かなくなったのだった。


 ともあれ、ベストリアがイムル家を継ぐのはもしもの話であり、現在のベストリアはマウントホーク辺境伯家の従士として功績を上げて、陪臣家の設立を認められるまでに至った。

 対して、家を継いだ長兄や同じ派閥に属する家に婿に出た次兄は、ロランド王子と共にアガーム王国へと亡命し、ベストリアの姉妹達は修道院へと送られた。

 現状では男爵家としてのイムル家は滅亡した状況にある。

 それを加味すれば、正直者が報われることになりそうだったが……。


「隊長!

 掘削隊が魔物に襲われています!」


 不穏な影は何処にでも付き纏うものである。

 部下の報告に嫌な予感を覚えながらも現場に直行するベストリアであった。 

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