第251話 ベースキャンプ壊滅

 兵士の1人と合流した俺がベースキャンプ跡地に戻ったが、そこには無数の端材となった木材と俺が力を付与した鎧を纏うミイラが散見していた。

 周囲の地面には、人の腕が入るほどの穴が多数見受けられることから、敵はここを通って奇襲してきたと分かる。

 つまり、地下水脈を移動出来るスライムこそが、あの『赤い湿原』の主だったと言うことだな。


「閣下!」

「どうした?!」


 考察している俺の元に兵士の声が響く。

 彼は他よりも豪華な鎧を纏うミイラの横に片膝立ちとなっていた。

 その鎧に該当するのは、ベストリアしかいないはずで……。


「ベストリアか……」

「はい」

「人命を優先するように指示すべきだったか。

 ……俺の采配ミスだな」

「いえ、隊長は辺境伯家のために尽力しておりましたので……。

 責任感故かと……」

「そうか」


 自分のミスで貴重な人材であり、同時に守るべき部下を失ったと言う事実がキツい。

 あれ?

 変な引っ掛かりがあるのだが……。

 気のせいか?

 いや、この違和感の正体は!

 …………もしもそれなら、


「……ひとまず散見する遺体を回収して、ドラグネアに帰陣する。

 準備しろ」

「はっ!

 ……しかし遺骸の回収を?」

「ここで野晒しには出来ないからな」


 疑問を投げ掛けてくる兵士に答える。

 戦いの多いこの世界。

 死者はその場で埋葬して、一部を形見として持ち帰るのが普通だが、そういうわけにもいかない。


「恐れながら人手が……」

「俺も手伝うし、端材を集めて荷台を用意すれば近くの街までくらいなら行けるだろう」

「閣下の手を煩わせるわけには!」


 やはり違和感がある。

 主君が自分の仲間のために労力を割こうとしているのに、何故これほど非協力的なんだ?

 ……核心を突いてみるか、


「埋葬の前に医師にみせて死因を特定させる。

 敵の正体が不明のままでは困るのでな」

「この状況をみるに、敵は相手を干からびさせる魔物で……」

「どうやってかは分からないだろ?」

「ッ!

 ウオォァ!」


 それで兵士も観念したのか、剣を腰に構えて突っ込んでくるが、ポキンッ! と音を立てて剣が折れ、その刃が兵士の右目に突き刺さる。


「……何で勝てると思ったんだろ?」


 目を抑えてのたうち回る兵士に冷めた視線を向けるしかない俺だが、ひとまず情報がいるので、この男の目を止血程度に治すことにして、念のために縛り付けておくことにする。

 右目を中心に生命力を5くらい回復させれば十分だろう。


 それで痛みが引いたのか、こちらへ注意を向ける余裕が出てきたらしい。化け物を見るように恐怖に歪んだ視線と目が合う。

 ……まあ、剣を突き刺したのに剣の方が折れたのだから、化け物にしか見えないのも当然だ。


「さて、詳しい話を訊こうか?」

「……はい」


 しばらく間を置いて。

 観念したのか、俺の問い掛けに頷く兵士。


「私はマルティナ・ハーヴィー。ハーヴィー子爵家の5女になります」


 ……女だったのか。

 まあ鎧で武装していて顔もよく分からんし、凹凸も少ないからしょうがない。

 それより今は、


「ハーヴィー?」

「南部閥に属していた家です。

 ギュリット家討伐時に守護竜様の側について、改易を免れた家ではありますが……」


 マウントホークと交戦中でなかった南部西側の家は、王国へと鞍替えしたんだったな。

 しかしその領地は、


「各巫爵家がまとめた領地の1つと言うことか?」


 南部の大半はいずれかの巫爵家に属して、そこの仕事を手伝うために爵位の存続を許されたのだったか?

 それなら、辺境伯家の混乱を狙っても……。


「いえ、我が家は山間やまあいの僻地でして……」

「そのまま存続した家と言うことか?」


 山間の貧しい土地はそのまま存続を許された。

 東南紛争での貢献度が低いだろうから、領地没収はやり過ぎだろうと言う名目だが、実際は貧しい上に領民と貴族家の結び付きが強い土地なんて誰も欲しくないってだけだな。


「それなら辺境伯家への恨みの原因は……」

「いえ、そもそも辺境伯家を恨む理由もありませんし……」


 そういえば、末端兵士にはユーリスとゼファートが同一人物とは知らせていないな。


「それではどういう理由でベストリアを害した?」


 本人に訊くのが1番手っ取り早いと結論付けて、問い質す。


「……同じような下級貴族の下の方の娘に産まれ、王国軍に身を寄せていたにも関わらず、彼女は陪臣家設立が許される上級家臣で、私は……」

「嫉妬したのか?」

「……」


 まあ何処にでもその手の感情はあるし、ましてや、貴族に置ける陪臣家とそれ以外の家臣の格差は相当でもある。


 例えば、ベストリアの葬儀はマウントホーク家として、俺か名代が参列して死亡見舞金が、死亡月の給金満額と金貨10枚を支給してから、毎年遺族年金が金貨5枚の10年払いで支払われる。

 それ以外の兵士達には一括で死亡月の給金満額と金貨10枚を支給して終わりだ。


 ちなみに我が家はかなり好条件の部類である。

 家に次いで条件の良い王国軍の規定では士官以上は殉職月の給金満額と年金金貨10枚の5年でそれ以外が殉職月の給金満額に、金貨2枚の殉職手当て。

 ……殉職であることが条件になっているのだ。

 通常の死亡は全て半額精算と聞く。

 まあ新興の我が家はそれくらいの福利厚生がないと人材確保が難しいだけだが。


「……はあ。

 遺骸の回収を手伝え。

 ドラグネア帰陣後に希望退職と言う形で収めてやる」

「あ、ありがとうございます!」


 溜め息を付いた後。曖昧な決着方法を提示して、遺体回収を手伝わせることにする。

 切り捨てられても文句を言えない状況で円満放逐と言う処分に感涙を流す彼女ではあるが。

 ……他の兵士が戻ってくる気配もないし、1人で遺骸回収などやってられん!


 それが俺の結論だった。

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