第237話 黒歴史 4
プライベート写真流出事件からかれこれ5年。
結局、静観して事態の沈静化を図ると言う対応になるとトルシェから謝罪され、その代わり謁見の機会をこれまでの週3日から週に2日とし、陳情の一部をトルシェが聞き取りすると言う業務の軽減化を提案され、オヤツタイムを1日1回から2回にすることを追加の条件として受け入れた。
それはそんなオヤツタイムからの帰り道。
豪奢なオヤツの余韻を楽しもうと遠回りして、中庭を通り掛かった所から始まった。
色とりどりの花が咲き誇る庭の奥。
休息用の東屋で、妹達が困惑した顔でお互いに見つめ合っていたのだ。
……珍しいことに。
色気よりも食い気の私が言うのも何だが、私の姉妹に花を観賞するような高尚な感性の持ち主はいない。
この庭だって訪ねてきた各国の使者を威圧するための示威のために整備されているだけ。
この庭には季節も場所も関係なく綺麗な花が無分別に咲き誇っており、それを私以外が再現しようとすれば、数百人の魔術師によるきめ細かい管理が必要になり、それを長く維持しようとすればそのコストは国を傾けるほどになるらしい。
それが出来る天帝宮はすごい大金持ちってことらしい。
実際はそこに植えられた花が枯れないように私が設定しただけだけど……。
兎に角、ここに妹達が集まっているのに違和感を覚えた私は彼女達の話を盗聴することにした。
それが全ての始まりになるとも知らずに。
「……姉貴の仕事がトルシェ姉にも回ってくるようになったっしょ?
そんで手が足りなくなった所をリッテが埋めて、それの補佐をするようになったのが原因なんすよ?
まさか人族がこんなに大馬鹿だと思わなかったのもあるんすがね?」
……話題を持ち込んだのは、ロッティのようね?
普段とは全然違う口調が面白くて、つい微笑んでしまうわ。
「まあ、確かにな。
それでお前が調べた限りはどんな感じだ?
気付かれると思うか?」
「間違いないっすね。
連れてるマスコットもそうっすけど、名前からして狙ってるっすよ!」
難しい声のトルシェが、ロッティに問うと彼女は力強く返す。
「絵も似せて描いてるようだし……。
何でこんなことを……」
「おっと! リッテ!
誤解しちゃダメっす!
彼らに悪意はないっす! 善意でやってるんすよ?」
呆れを含んだリッテの声音にフォローを入れるロッティ。
「善意だから良いと言うものでもあるまい。
姉さんが知ったら恥ずかしさで気を失うんじゃないか?」
「……ひとまず、どういうものか見てみるしかないわね?
それじゃあロセッティオ、録画したと言うラインデル国営放送の番組を再生しなさい」
テイファの不吉なセリフに不安を覚えながら、続くトルシェの言葉に首を傾げる。
最近は結界も新型を開発したし、いくらテイファの特性でも私に感知されないまま解くのは不可能。
……解けないわけじゃないところがあの娘の恐ろしいところだけど。
兎に角、盗聴から盗視に切り替え……。
……音が拾えないのは困るわ。
かといって両方使えば、気付かれる可能性があるって言うか、多少は警戒しているでしょうからトルシェなら気付くわね。
あの娘も常駐型の警戒網を張ってるだろうし……。
リッテの五感を共有させてもらいましょう。
あの娘の特性って、こういう時に便利よね。
……嘘でしょ?
なにこれ?
時間軸の動きも見えてこないし、因果律の線も見えない。
あの娘の見てる世界ってこんなにすっきりしてるの!
緊急時用にトルシェが各国の代表元に設置した連絡用ゴーレムより得られる情報が少ないのね。
……トルシェのことだから、情報収集も予て余分な機能を付けているかもしれないけど。
『~~~♪
~♪ ~♪』
無駄な考察を止めて、リッテの視線に集中すると目の前にはロッティが浮かべた画像情報端末があり、そこから軽快な音楽が流れてくる。
……子供向けの連続静画かしら?
そんなことを思っていると、歌の盛り上がりと共に、
『
と言うタイトルが掲げられ、その下には私によく似た金髪の少女が背丈を越える杖を構えて、ポーズをとっていた。
ご丁寧にも肩にはルートを連想する黒竜が止まり、その衣装はウエディングドレスを基調としたようなデザインで……。
偶々かもしれないし、怒るべきじゃないわよね!
この間はそれで失敗したんだし……。
必死に自制をしながら連続静画の観賞をするが、
『私は普通のお嫁さんになりたいだけなの!』
『大勢の前で戦うなんて恥ずかしい!』
等と言いながら巨大な魔物と戦う。
ストーリーが進み、ピンチには肩に乗っていた黒竜のアルトが人になり、それと共闘して最後に、
『これが愛の力!
と叫んで杖が変化した剣で巨大な魔物を引き裂く。
それと一緒に画面はホワイトアウトして、次は教会で先程のアルトにお姫様抱っこされたレヴィアが満面の笑みで手を振って、再び違う歌が流れ始める。
どうやら終わったらしいが、これはどう見ても有罪。
「何よこれは!」
すぐさまリッテとの感覚共有を解除して、妹達の元へ飛んでいく。
「姉上……」
「ヤバイっす……」
呆然と呟くトルシェの傍らで、ロッティが端末を隠そうとするが既に遅い。
「今のは何よ!」
「……今のとは?」
「惚けるな!
リッテに共感覚結んで全部見たんだから!」
誤魔化そうとするトルシェにプレッシャーを掛ける。
強烈なそれを受けて、片膝を付く彼女に既に全部知ってることを告げる。
「そう、です、か。
あまり、知ら、れたくな、かったんで、すが……」
「何よ! それ!」
途切れ途切れに酷いことを言うトルシェに更に激昂しようとして、
「……少し落ち着け」
背後から襲ってくるテイファの気配を感じる。
「無駄よ!」
反論と共に空間を入れ替えて、その攻撃を逸らす。
しかし、テイファに意識が向いたことでトルシェが解放されたのも事実。
「ロセッティオから昨日報告があったんです。
人族の間で妙な番組が流行っていると!」
「……トルシェ達が作らせたんじゃないってこと?」
一旦矛を納める。
事情を知らずに暴れればそれこそ取り返しが付かないと直感が訴えたから。
「当たり前です。
私達も預かり知らぬところで進んでいたプロジェクトのようでして……」
「じゃあ何でこそこそしていたのよ?
私に報告しても良いんじゃないの?」
「……姉上をモチーフにした連続静画が流行っていると知ったらどうします?」
「圧力を掛けて……」
「出来ませんよ?」
発信停止に追い込むと言おうとした私をトルシェが塞いでくる。
「何でよ?」
「芸術保護条約では、著しく他者を貶める場合を除き、表現の自由を保証しています。
これは姉上を貶しているわけではないので表現の弾圧になり得るでしょう?」
……芸術保護条約を出す時に私が命じた奴だ。
芸術には少なからず他者に不快を与える要素が発生するけど、それもなくして発展はないと妥協点を提示したんだけど。
「……」
「……だから、お姉様にみられないようにこっそりと内容を確認したんですよ?
既に最終回も終わって、回収するのも無駄だと言うのもありますが……」
沈黙する私にロッティが追い討ちを掛けてくる。
そう。始まる前ならキャラデザインにクレームを付けて、書き換えさせることも出来たけど、既に終わっているのも問題。
「ロッティも何で今更なのよ……」
「ここ数年はお姉様の仕事を手伝うようになったのでこの手のサブカルチャーに目を向ける時間が減っていたんです。
これだって、部下の話を聞いて存在を知ったんですから……」
ロッティを責めようとしたが原因は私のせいだった。
と言うよりも、今の言葉……
「ロッティ、部下の話ってことはこれは天帝宮にも……」
「広がってますね……」
「…………」
……もういや。
ううん、もう、……いいや。
こんなに恥ずかしいなら、もういいや…………。
……自我を放棄する。
それが一番楽でいい。
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