第236話 黒歴史 3

 恥ずかしい秘密流出事件から半年後。


「ねえ? 

 ……何か最近やってくる使者の表情が妙に優しいんだけど?」

「……そうでしょうね」


 謁見が一段落して、お茶をもらったタイミングでトルシェに尋ねる。

 私の気のせいなら良いと思ったのだけど、彼女には心当たりがあるようだし……。


「何?」

「この間のルートを抱えた寝顔の流出を覚えていますか?」

「あれはもう終わったことでしょ?

 回収して焚書にしたはずだし……。

 まさか第2号の許可を出したんじゃないでしょうね?」

「もちろんやってません」


 ジト目の私に空気を読んだ妹が即座に否定する。

 ……さすがにそこまでやらないわよね。


「……ですが、回収を拒否して罰則を選んだ強者が何人もいるみたいです」

「……」


 何か聞きたくないことを言われたような気がするけど、気のせいよね。


「回収を受け入れずに検挙された者がそれなりの数いるみたいです」

「……」


 ……。

 気のせいにしたいよぉぉ……。


「回収を拒み、喜んで重労働に付いた変態が結構いたみたいです」


 ……ぞわぞわして、鳥肌が。


「あったま、おかしいんじゃないの?

 何でたかが週刊誌の提出を拒むのよ!」

「どうやら姉上の魅力に当てられたようです。

 これまで恐怖の存在だった圧倒的な力の持ち主の可愛い一面を知ってコロリと……」

「滅んでしまえ!!」


 思わず叫ぶ私に冷たい視線のトルシェ。


「まあ、変態どもはどうでもいいんですが、正直な話で三流ゴシップ誌の『ファーラシア』を天帝勅で回収しましたよね?

 そしてその中身は姉上のプライベートを写した写真。

 どういう答えが導き出せると思いますか?」


 ……え?

 それって……。


「もしかして、捏造扱いの記事を真実と肯定しちゃった?」

「嘘か本当かもあやふやに出来る程度のゴシップ誌をわざわざ選定したんですけどね?」

「え?」


 そんな……、まさか……、


「各勢力の政治家達は回収されなかった雑誌を確認したのでしょう。

 当然ですよね?

 だって変態と天帝宮で変な攻防を繰り広げているんですもの。

 今後の天帝宮との付き合い方の参考にしようとするのは為政者としては当たり前の行動です」

「どうやって確認したって言うのよ!

 連中何か裏技を!」


 私の怒りに天帝宮の精霊達が共鳴して大気が震えるけど、目の前の妹は平常そのもので……、


「変態達が保管を願い出た物を読ませてもらったんでしょ?

 勅の外側の行動を咎めるのはダメですよ?

 彼らは強制労働と言う罰を覚悟で、回収を拒んだのですから……」

「うぐぅぅ!」


 トルシェは歯軋りする私に呆れて、


「それほど恥ずかしいなら、過去に戻って歴史を改竄しては?」


 どうせ出来るんでしょ? と笑う妹に対して私は、


「やらないわよ……。

 私は全能ではあるけど、全知にはほど遠いの……。

 ずっと昔のことだけど、テイファが私のプリンを勝手に食べたことがあってね……」

「ああ、良いです。

 どうせすごく下らない顛末なんでしょ?」


 自分から振ってきて、疲れた顔で溜め息付かないでよ!

 良いもん! 勝手にしゃべるから!


「そのプリンはミカミ・ユリネの作った最高傑作だったの……。

 5個しかないそれを受け取った私は状態維持を施した隔離空間に大切にしまって、年に1度の楽しみにしていたわ」

「ちょっと待て! 5個ってどう考えても私達の分も入ってるわよね!」

「あ! 何にょにょにょかにゃ! いやいいやい!」


 妹の指摘で失言に気付いた私が誤魔化す前に、ほっぺをつねられる。

 全能と言っても痛覚は普段切っていないから、不意打ちは痛いのよ!


「にょっと! 上書きゃ前にゃから! 時効にゃから!」

「……話が進まないのでこれくらいにしましょうか」


 どうにも一時休題にしてくれただけらしい。


「もう! ちょっとプリンを横領したくらいで大人げないんだから」

「あんたが言うな!!」


 ……うん。間違いないね!


「それでね……。

 プリンを取られた私はそれを取り返すついでに、過去に戻ればプリンループになると気付いたの!」

「……」

「ミカミちゃんがプリンをくれた日に戻って食べる。また戻るを永遠に繰り返せばって思うでしょ?」

「……少なくとも姉上のアホさ加減はよく分かりますね」


 果てしなく冷たい視線を受けながらも、私は挫けない!


「で、実際に過去に戻ったんだけど……。

 着いたのが50年前だったのよ……」

「……何やってるんですか?」

「ほら、私って全能だって言ったでしょ?

 過去の時間軸にいる私も少なからず、時間軸に無意識レベルで異常がないかを監視しているの。

 だから、近い時間軸には辿り着けない。

 近道は塞がれてるから、大回りするイメージで良いかな?」

「その大回り先が50年前ですか?」

「うん。

 けど、そこでポジティブに考えたの!

 この時代からミカミちゃんに干渉していけば、上書き前の最高傑作を超えたプリンが手に入るんじゃないかと!」

「……」


 グッと拳を握る私に更に呆れるトルシェを放置して、


「けどね?

 干渉の結果、ミカミちゃんはお菓子職人にならずに、料理人になっちゃった……」

「はい?」

「上書き前の世界での彼女は孤児だったの。

 だから、上流階級の目に触れやすいお菓子職人を目指したんだけど、その世界軸だと普通の家庭で育ったから定食屋の女亭主になっちゃったのよ!

 才能が勿体ないでしょ!

 当然やり直したんだけど、次は200年前に辿り着いたわ」

「色々突っ込み処が多いですけど、何故200年前に?」

「1回目の上書きの影響で時間震を感じていた過去の私が警戒した影響。

 その世界ではアプローチを変えて、基本的にノータッチにしたんだけど、そしたら何処で狂ったのか、ミカミちゃん本人が産まれてこなかったわ!」

「本当に能力の無駄遣い甚だしいですね!」


 妹の心からの言葉にめげない私。


「だから、上書きした時の残滓を集めて、ミカミちゃんの魂を追跡しつつもう一回時間跳躍。

 ……次に着いたのは1700年前だったわ。

 けれど私はプリンのために彼女の一族の魂を逆演算してどうすれば、ミカミちゃんが産まれるかをトレースしながら、必要に応じて干渉したわ!

 ついでに美味しいお菓子を作る職人を保護するように各勢力に要請しようとして……」

「今か! ここがその時間軸だな!

 この愚姉!」


 トルシェによって芸術保護条約になったと言う前に彼女の罵声が飛んできた。


「その通りよ!」

「……駄目だ。

 この姉、反省してない……」


 私が胸を張れば、対照的にトルシェが頭を抱える。


「……ん?

 そのミカミとやらはどうしたんだ?

 私は面識がないぞ?」

「何言ってるの? これがミカミちゃんのスウィーツよ?

 彼女は転生して、覚醒竜ユリネ・ガーゼルになっているわ!」

「……おい! バカ姉。

 お前、スウィーツ目的で一人の人間を覚醒竜に転生させたのか?

 転生に必要な審査や試験をやった覚えがないとは思ったが……」

「……。

 テヘッ!」


 そう言えば、明確な基準もないのに人を竜種に引き上げるのは不公平だから、2000年以上も前から審査があるんだった。

 ……まあ、良いよね。


「功績は十分でしょ!」

「後付けだがな!」


 長年天帝宮で私達姉妹の舌を楽しませてきた彼女を排除しようとすれば、自分の仕事に支障があると判断して不問にしてくれるらしい。


「兎に角、どうにかする手段を考えなさい。

 元々トルシェのせいだからね!」


 これ以上私の悪行を追及される前に、プライベート写真流出事件の話題に戻して命令を下すのだった。

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