第238話 最悪の目覚め

 長らく見ていた嫌な夢が終わり、唐突に目が覚める。

 そこはガタガタと揺れる馬車の中で……。

 内装も眠る前から変わらない光景が広がる。


「どれだけ寝ていた?」

「3日よ」


 俺の質問に世話係のメイドからお菓子を貰っていたミフィアが、素っ気なく答える。

 ……長く眠ったつもりだが、思ったほどでなかったと喜ぶべきか?


「何を見たの?」

「古代文明滅亡の切っ掛け」

「そこが強烈に記憶に残っていたのね」

「と言うと……」

「私が同化した影響で前世の記憶が流れ込んでいるのよ。

 同化中や直後は私の『拒絶』の特性で妨害されていた記憶が眠って、抵抗力の弱まった段階で流れ込んだのね」


 得心がいったと言うように頷き実状を解説するミフィアだが、俺には迷惑な話だ。


「……つまり、お前の力を借りる度にあのわがまま娘だった記憶が戻ってくるのか?」

「自分の前世に酷い言いようね。

 激しく同意だけど……」

「黒歴史そのものだったな……」

「まあ、前世でも"全能な力を持つわがまま5歳児"と揶揄されていたしね」


 酷い言いようだが、俺でもそう言いたくなるわがままぷりっだった。しかし、


「よく怒らなかったな」

「激怒したわよ。

 けど、トルシェにそれで暴れたら肯定したことになりますねって言われて、我慢したわね」

「マジで手の掛かる子供そのものだな。

 しかし、この頃、関わってくる古代文明滅亡の切っ掛けが、たかがアニメって……」

「それくらい許せなかったのよ。……きっと」


 反論するミフィアの言葉にも頼りなさがある。

 どんだけダメダメな奴だったんだ。

 後、気になったのは、


「その割に古代文明と争う描写も思い浮かばなかったがな……」

「印象が薄いんでしょ。

 その前に私を止めようとしたトルシェ達3人を封印する姉妹大戦も勃発したのよ?

 ……覚えている?」

「いや。

 ……そうだよな。

 あの真面目なトルシェ達が文明崩壊に手を貸すはずがないものな」

「ええ。

 彼女達が足止めしてその間にリッテが各勢力に連絡したんでしょうね。

 文明を維持するだけの力はなかったようだけど、すべての生物が死に絶える終わった世界にはならなかったようよ?」


 妹達の決死の抵抗も記憶に残らないような雑事だったと言うのがとんでもないな。

 しかも次女のトージェンと言うのが、この間のトルシェだろう?

 今の俺がどう足掻いても勝てないようなクラスの真竜3体相手に余裕とかどんだけ化物だったんだ。


「……ふう。

 それで?

 この馬車はどの辺を走っている?」

「明日にはレッドサンド領都ハンマーズに着く予定ですので、もうしばらくお待ちください」

「そうか。

 ちなみに今喋っているのは、トルシェか?

 それともネミアと言う疑似人格の方か?」


 前に座るメイドに問い掛ける。

 目を見開く彼女を凝視してしばらく、


「今はネミアでございます。

 ゼファート様。

 しかし、すぐに替わりますので……」


 そんなことを言って目を瞑り、開くと顔付きを変える。


「……よく分かりましたね。

 昔の姉上ならともかく、今のあなた相手にバレるとは思いませんでした」

「命の属性を持つ俺相手にホムンクルスなど送ってこればすぐに分かる。

 ホムンクルスを見たことがあれば……、だがな」


 変わった気配の女がいると思ったが、それがホムンクルスだとは分からなかった。

 セフィアの記憶の影響で分かっただけだ。


「……さすがに無理でしたか」


 ネミアの体で苦笑するトルシェ。

 先日会った時とはまるで空気が違うが、こっちが本来の彼女だろう。

 前世の感覚的に違和感がない。


「それで?

 何故このようなことを?」

「昔の行いを忘れてはいませんよね?

 私が姉上を警戒するのは当然でしょう?」

「……」


 ……そう言われては黙るしかない。

 今日まで眠り続けた時間にみていた、前世の永き生の何万分の1程度のダイジェストですら、彼女に与えた心労は両手に余る。

 ましてや前世の俺は、あの通りのダメ女で、興味のないことは一瞬で忘れるくせに、恨み妬みは万年単位で忘れないクズである。

 逆の立場でも警戒するのが当然。

 むしろ、


「今すぐにでも殺しに来ても不思議じゃない気がするが?」

「…………しませんよ。

 大事な姉なんですから」


 凄い間があったんだが……。

 ……大丈夫か?


「仮に今の姉上を殺して、生まれ変わった姉上がまともとも限らないじゃないですか……」


 ……理由がセフィアへの信用の無さなのが泣ける。


「まあ日本人として生きてきた影響で、今の私はかなりの安全重視タイプよ。

 現状維持が最適解だと思うわ」

「あなたは姉上の残した残留意識体ですよね?」


 そんなあなたが言っても……、と言う感じが言外に伝わってくるが、


「安心してよ!

 残留意識と言っても今の私と混ざり合っているから、志向性格が女性よりなだけで、ほぼゼファートよ!」


 いや、それを言うと、


「それではただの自己弁護ではありませんか?」

「……」


 トルシェの指摘にミフィアが沈黙する。

 根底が同一人物だからな。

 この場合はトルシェが正しい。


「……だよな。

 とは言え、このミフィアの存在が俺の安全マージン重視の現れでもある。

 今の俺は生命属性の魔法しか使えない。

 広域を攻撃する能力が皆無だ。

 一対一ならともかく、多数の真竜相手では勝ち目がないほど弱い」


 大まかな想定値ではあるが、今の俺単独の力はリッテよりやや下くらいと思われる。

 拒絶の力を使えば別だが、


「広域攻撃力として拒絶属性の魔法を確保したが、それを使うには、ミフィアと同化する必要がある。

 つまり、男性格の俺と女性格のミフィアの両方が必要性を感じないと使えないように調整してあるわけだ。

 ……それくらい危険な力だからな」


 世界から強制的に排除してしまえば、相手がどれ程強力でも関係ない。

 拒絶能力ありなら、テイファ以外の3人の妹に勝てる自信がある。

 相手を必ず殺すと言う条件が付くが……。

 まあ、テイファ相手は分からないしな。

 あいつの『変換魔法』も異常なタイプの能力だ。

 屁理屈を捏ねて、世界をねじ曲げるそれに勝てる姿が思い浮かばない。


「だから、更に安全装置として発動の文言を定めているわ!

 『今より遠く、ここより早く』と言う矛盾を孕んだ文言でね!」


 ミフィアが続く。

 そう。

 強力すぎてうっかり使えない能力だからこそ、使いにくく、普段は絶対に使わない形容詞を組んでいる。

 まあ、今は遠い昔ってのは古くからある表現だが、それでもここより早いってのはあり得ない。

 この2つを連続させる表現は意識しなくては使えないものだろう。


「……別に私への弁明はいいので、あまり無茶とかはしないでくださいね?

 そういう意味では人間の貴族と言うのは良い立ち位置ですね……。

 私は戻りますので、このままネミアを配下として使ってください」


 そう言って、一瞬かくんと首を垂らした瞬間にはトルシェの気配が消える。


「……何か思い付いたみたいだな」

「ええ。

 変なことじゃないと良いけど……」


 急に去ったトルシェに不安感だけが残る。

 セフィアのプライベート暴露事件のように、普段は常識人だが、トルシェはあれで時折暴走する傾向にあるのが怖かった。

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