第232話 木の王、竜の女王

 動きを鈍らせたゼファート様が、イグダードの枝に覆われて姿を隠される。

 まさかあれほどの力ある竜が負けるとは……。


「……どうやらこれまでのようだな」

「「「……」」」


 長老の1人が嘆き、その言葉に私や他のエルフ達も同意する。

 あれほどの竜が敗れた今、イグダードを討滅出来る可能性は皆無だろう。

 我々がこのまま取り込まれれば、残ったエルフは洗脳の記憶も忘れて、イグダードのために魂を鍛え、イグダードに捧げる人生を送る働き蟻として、砂上の平穏に戻っていくのだ。

 せめて誰か1人でもここを出て、集落の外にいるエルフ達にイグダードの真実を伝えられればとも思うが……。

 そもそも、


「イグダードとは一体?」

「分からん、先祖が残した我らの守護者かと思わなくもないが……」


 私の呟きを近くにいた茶呑み友達のロッセルが拾うが、


「バカを言うな。

 幼いエルフ達まで戦場に追いやる守護者など居てたまるか」

「冗談だ。

 ……ベティオ」

「はい?」


 私の反論に軽く返したロッセルは、親友を失った悲しみで目を覚ました若いエルフを呼ぶ。


「我らが足留めをする。お前はここを切り抜けて、里の外にいるエルフにこの真実を伝えよ。

 エルフの守護者と崇められていた霊樹は、エルフを洗脳して力を溜め、世界を滅ぼそうとする巨悪であるとな!」

「そんな!」

「……憶測を広めるな」


 ロッセルの暴論を嗜めるが、


「フン。

 それぐらいのことを言っておかなくては手遅れになる。

 あのゼファート殿を飲み込んだんだぞ?

 上位の真竜クラスの力を得ていても不思議ではないだろう?」

「「「……」」」

「……そうじゃな。

 頼めるか? ベティオ?」


 聞き耳をたてていた他のエルフ達も沈黙し、最長老のランバル様が代表してベティオに指示を下す。


 !!


「今のは!」

「分からんが危険なのは間違いないだろう!」


 こちらの行動の出鼻を挫くように強烈な悪寒が走った。

 周囲と顔を見合わせても心当たりがないのだから、必然的に最も強力な力のある方向へ目が向く。


「……女神?」


 誰かが呟いた? 或いは自分かもしれないが……。

 イグダードの枝に覆われていたゼファート様の辺りに枝はなくゼファート様もおられず、代わりに黒い長髪の少女が1人。

 驚くほどの力をまとって立っている少女は、近くに緑に蠢く何かを浮かべている。


「……ふうん?

 竜を喰う鬼?

 大層な名前の割に大したことないわね?

 まあ良いわ。

 『今より遠くここより早い場所。遥かなる原初にして全ての始まり。ゼロへ返れ』」


 少女が不思議な言葉の羅列を唱えると、緑の塊は虹色に輝き、世界に融けるように消えていく。


「さてと、後はふざけた真似をしてくれたトレントね?」


 少女が睨み付けるとイグダードは、周囲の木々から液体を飛ばすが、


「無駄よ?

 私の力は『拒絶』だもの」


 クスクスと可笑しそうに笑う少女の言葉を証明するように飛んできた液体は、少女を濡らすこともなく周囲ヘ飛散し、それどころか地面に残った液体ですら彼女の行進に合わせて道を譲る。


「それじゃあ、あなたも消えちゃいなさい。

 昔の私なら救ってあげることも出来たでしょうけど、今は無理だしね?

 まあ、あの頃の私が誰かを救うような親切さを持ってもいないけど……。

 『今より遠くここより早い場所。遥かなる原初にして全ての始まり。ゼロへ返れ』」


 クスクスと笑う少女を残して、我らを長く見守り、そして支配してきた古の大樹が虹になって消え去る。


「さてと後はあいつの仕事よね!」


 そう呟くと光の塊へと姿を変え、すぐに白い髪の青年が現れる。


「……うむ。

 さっさと元に戻すか。

 正気に返れ! バカ者ども!!」


 ビリビリと空気を震わせながら、怒鳴り付けるゼファート様。

 それにより周囲を囲っていた同胞エルフ達が倒れていく。

 真竜のプレッシャーを当てられて失神したのだろう。

 ……おや?

 あれほどの数がいたハーベスター達も消失している?

 やはり、イグダードに制御される実体化した精霊のようなモノだったか。


「ゼファート様……」

「……ああ。後始末どうするよ?」


 ランバル様が声を掛けると、エルフを呪縛から解き放った英雄は、英雄らしからぬ面倒そうな表情で頭を掻いたのだった。

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