第233話 イグダード巫爵家の扱い

「ことの起こりは、ゼファート様が霊樹の森に入って行った直後になります」


 今はイグダード巫爵領領主館となっている建物の会議室で、俺はジェシカの話を聞いていた。

 今回の件は、俺と老エルフ達、そしてジェシカでそれぞれ持っている情報が違うので互いに報告して、擦り合わせをしなくてはならない。

 まず、最重要なこととして、ジェシカが俺を裏切る気があったかないか。

 まあ、状況的にあり得ないのは知っているが、それでも本人からの事情聴取は必須である。


「急に不安を覚えたんです。

 我らの霊樹にゼファート様が近付くのは大丈夫かと……。

 可笑しな話でしょう?

 そもそも霊樹イグダードの治療は私達から願い出たことですのに……」


 それはそうだ。

 ゼファートの傘下に入る条件がイグダードの治療だったからな。


「そのうち、イグダード様がゼファートに殺されると考え始め、更にはイグダード様を邪竜の脅威からお救いせねばっと……」

「うむ。

 表面的な洗脳と言うより潜在的な思考回路の改竄という感じか……」

「……よろしいでしょうか?」


 ジェシカの話からエルフ達に起こった現象を推測していると、俺と一緒に行動していた老エルフの1人が挙手する。


「どうした?」

「いえ、ゼファート様はイグダードについて、どのような鑑定結果を?

 イグダードの敵対行動をすんなり受け入れてみえましたが?」

「あれは女王と呼ばれる古い真竜を倒すために造られた古代の生物兵器だったらしいと言うのが鑑定の結果だ」

「女王?」

「……」


 その女王が自分の前世とは言わないでおく。

 下手な詮索を受けたくないから……。


「私達の前世、『天位』のセフィアのことよ」


 しかし、俺の肩に座る妖精モドキがアッサリとバラしてくれる。


「……おい」

「別に隠すべきことじゃないわよ?

 妹達ならすぐに気付くでしょうし、それ以外の真竜達も聡い連中には勘付かれるでしょ?

 むしろ、ネームバリューを利用して周囲の勢力を牽制するくらいはしときなさい」


 嗜めようとして逆に諭される。

 さすがに自分と同じ知識を持つ相手では、口で勝つのも難しい。

 しかし、


「セフィアのネームバリュー……。

 ……あるか?」

「……少なくとも竜族避けくらいにはなるわよ?

 エルフが知らないってことは、もう覚えている異種族はいないかもしれないけど……」

「あ、いえ、セフィアについては知っています。

 創造主と争った邪神の盟主セフィルートの花嫁。

 天魔の竜帝と恐れられた大邪竜です!」

「にゃ! にゃんで! 何でそれを!」


 ジェシカの返答に、顔を真っ赤に染める妖精モドキ。

 さては共有出来ていない記憶に何か恥ずかしいモノがあるな?


「ミフィア?

 何があるんだ?」


 妖精モドキ。

 分体として固定したセフィアの記憶にミニセフィア、略してミフィアと名付けた相手に問うが、


「そのうち話すわ!

 それよりも今は、エルフ達をどうするかが先よ!」


 露骨に話を逸らされた。

 まあ良い。

 セフィアの黒歴史=俺の黒歴史だから、誰もいないところで訊いた方が良いかもしれん。


「……ふむ。

 一番の問題はイグダードの存在を異種族達も知っていることだ。

 エルフに秘匿されてきただけの存在なら、未だに森の奥で、ひっそり生存していることにすれば良いが……」

「少なくない数のヒーラーを呪い解除のために招いてますし、その、……外交のためにですね」

「……おい」

「やはり特別なものを見られると言うのは1つの利権でして……」


 俺の突っ込みに慌てて弁明を述べる。

 それ自体は否定せん、日本でも伊勢神宮の観覧を餌にしてサミットの参加国を増やそうとしていたし、政治なんてそんなものだ。

 しかしそれでも、


「普通自分達の守り神を客寄せに使うか?」

「信仰でお腹は膨れませんので……」


 ……この世界の住人って妙にシビアだよな。

 俺を禁足地であるイグダードの元まであっさりと案内した時点で知っていたけど……。


「その辺はエルフ達の裁量だから良いけど、本当にどうするよ?

 俺の配下になった途端にイグダードを失い、その際に暴動が起きていたって事実をどうやって取り繕うか……」


 現実を突き付ける。

 はたから見れば、どうしてもゼファートとイグダード巫爵家で争いがあったと言う形に見える。

 そうなれば、誰かが責任を取らねばならず……。


「……私の従弟にイグダード巫爵位を譲り、この首を捧げましょうか?」

「それが落としどころになるのは分かっているが、幾ら俺でも操られた奴を処刑して、うやむやにする気になれん」


 これが不注意で踊らされたアホならともかく、エルフに元々仕掛けられたシステムである以上は、彼女に罪はない。

 王とか支配階級ではない"言添え"と言う役職がトップに立っていたことからも、この地位がエルフを制御するための安全装置だと推測出来るしな。


「……イグダードは既に枯れていたと言うのはダメですかな?」


 挙手して発言するのは、長老のランバル。

 落とし処としては悪くないが、


「それはゼファート様が間に合わなかったと言う失態となり得る。

 ……認められん」


 他の老エルフが反発する。

 誇り高いエルフがおんぶにだっこで解決して喜ぶはずもないか。


「いや、ゼファート様への疑いから我々が足留めしたのが原因だとする。

 その責任を取って、儂は里を離れよう」

「……良いのか?」

「……こういう時こそ爺の出番だ」


 他のエルフが気を使うが、構わんと笑うランバル。


「そもそも里落ちは妖精の帰り道に入れないことを罰としておった。

 しかし、その帰り道自体が既にないだろう?」


 ニヤリと笑うランバルに老エルフ達はハッとした顔をする。

 ……何か何処かで見た展開だぞ?


「なるほど!

 ランバル殿だけには責任を押し付けられない!」

「私が代表としてお供しよう」

「こら! ナナム! ここは私がな……」


 案の定、追放される役の取り合いが始まった。

 霊狐の時も思ったがこの世界の老人はアクティブなのが多過ぎだろう。




 結局、老エルフ達が皆で責任を取り、イグダード領への再入領を禁じる罰を受けると言う形で決着が付いた。

 彼らはイグダード領を離れたい家族を連れて、マウントホーク家の家臣として働くことになる。

 助かるし、八方丸く収まるけど、何か違うんだよな……。

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