第227話 異世界貴族事情

 小鬼森林を解放して半月。

 ドラグネアで早急に決裁がいる書類を渡され、馬車の中で確認。

 フォックレストで書類だけ兵士に渡してそのまま王都入り。

 王都別宅では必要経費の承認を行い、そのまま泊まって久し振りにベッドで休み。

 翌日には王城でレンター達ファーラシア王国上層部とサザーラント帝国皇女の嫁入りの打ち合わせ。

 ……こっちはゼファートとしての仕事だが。


 次いで、ファーゼル領でミネット巫爵とその旦那に会い、そのまま南下して、ボーク巫爵領とゼイム巫爵領でそれぞれの領主に、サザーラント皇女の護送について指示を出した後、進路を西にとって、イグダードのエルフの里に辿り着く。

 計14泊中9泊が野宿と言うハードスケジュールでの旅程だが、これがまだマシな方だと言うのだからふざけた話だ。


 ここイグダードでの仕事を終えたら、次はレッドサンドまで北上してギーゼルに会って、武具の流通網の相談。

 その後は旧ファーラシア南部を横断して、ゼイム巫爵領を経由してニューゲート巫爵領を訪問。

 ラヌア巫爵と合流して、ペルシャン海軍の視察を行う。

 それからグリンダ平野に戻って、アイリーン・サザーラント皇女と会談し、そのままゼイム巫爵領都まで同行したら、そこで別れて東方に向かい、ビジームの各都市を巡ってマーマ湖を交易船に乗って北上して帰宅予定だと言う。

 全行程で1ヶ月ほどの予定だが、その間の寝床がずっと夜を徹して移動する馬車の中と言う悪魔が考えたとしか思えない日程である。


 あまりのハードスケジュールを問いただした俺に対して、シュールが言った言葉は、


「貴族の馬車が何で豪華か知ってます?

 中で眠れるようにですよ?」


 と言う返答。

 無論、野宿になった時に寝室代わりにするのは分かるがそれは停車してのことだろうと問えば、


「外交を担当する家なら夜の間に移動するのなんて普通ですよ?」


 と返される。

 ちなみに馬車は同じだが、馬に御者と護衛は移動先の街で、交代して宿で安眠を貪るらしい。


「閣下も大貴族になったので、移動中の馬車で寝れるくらいにはなっておいて下さい」


 肩を竦めて呆れつつ、ドラグネアから俺を送り出したシュールの隣では、嫁が同情の眼差しを向けていたのを思い出す。


「……はあ」

「いかがなさいました?」


 出立のやり取りを思い出してため息を付く俺に、付き添っていたジェシカが怪訝そうな顔で訊ねてくる。


「なに、これからのハードな旅程を思い出しただけだ」

「……ハードでございますか?」

「実はな……」


 寝るのがずっと移動中の馬車であることを説明して、同情を買おうと思ったのだが、


「……普通では?」

「……そうなのか?」

「はい。

 私も2年に1度ほどの頻度で外遊をして来ましたが、責任ある立場の者が長く国を開けれるわけもなく、大抵は移動中の馬車で睡眠を取りますよ?」


 じゃないと倍以上の時間が掛かるじゃないですかと言う元エルフの女王に、これが今回だけの特別な日程でないことを悟る。


「貴族ってのはハードな仕事だな……」

「それはそうでしょう。

 人を従えるなら、その者達を背負う分だけ重責を担うことになるのが必然ですから」

「元の世界の政治家に聞かせてやりたい話だな。

 俺のイメージだと貴族ってのは昼頃に起き出してきて、優雅にお茶とかしてる感じだ」


 地球の頃のイメージだが、あ、このイメージは大抵夫人や子女のもので当主はいないか……。


「有り得ませんね。

 法衣貴族なら朝早くから夕方遅くまで官僚仕事。夕食後に自分達の家の仕事をして、床に付くのは日付過ぎが普通ですし、領地貴族は時間に余裕があるかもしれませんが、そこで領内の視察や他の貴族とのコネ作りを怠れば、自身の首を絞めます」

「首を絞める?」

「絶えず税収となる生産物が確保出来るかは重要事項でしょう?

 それに急な飢饉が起きた時に他の貴族から融通を受けないと行けませんが、初対面の相手に食糧を提供する間抜けな貴族等は聞いたこともありません。

 ましてや自分達の領地に飢饉が起きたなら、近郊は諦めて遠方の貴族に依頼に行くのですよ?

 ……時には国境も越えて」


 なるほど無理にでも時間を作って、コネを作るわけだ。

 そういう意味では日本の流通網の感覚でいるのは危険だな。


「……飢饉が起きれば領主達は目前の対応で一杯だろうし、使者が赴くだろうが日頃付き合いのない貴族の使者など門前払いだろうし」

「そうですね。

 かといって王家に頼るのは最終手段です」

「自分達の統治能力の低さを露呈するわけだからな」


 他の貴族に助力を得るのはいざと言う時の安全弁を確保すると言う管理能力の一環だが、王家に頼るのは自力での解決を諦めた証拠だ。

 その代償は爵位の低下や領地の取り上げと言う形で支払わざるをえまい。


「幸い我がイグダードでは森の恵みで、これまで食糧不足を補えましたがゼイム貴族の中にはラロル帝国に助けを求め、帝国貴族の子供に家を奪われた例などもございますね」

「足元を見られるわけだな。

 日頃から各地の貴族と縁を結ぶのがどれ程大事か良く分かる」


 本当に貴族と言うのは忙しい。

 領地貴族なら常に自分の身を守る努力がいるし、法衣だったら、自分の家に加えて官僚の仕事があるわけだしな。


「主様も早めに家督を譲ることをお勧めしますよ?」

「うん?」

「主様はゼファート領とマウントホーク領の両方の領主様でしょう?

 それだけでも忙しいのに、主様にはご兄弟もみえませんので、全ての外交が回ってきます。

 これをマナ様が引き継げば、主様は先代当主になるので2人で分担出来ますが、主様が当主の内はマナ様は次期当主ですので、格が落ちるのです。

 国内でも伯爵以上の案件は任せられませんし、他国であれば必ず主様が出向く必要がありますよ?」

「……」


 貴族ってマジ辛い……。

 マナに家督を譲るにもこれから10年は無理だろう?

 過労死しそうな気がするのは俺だけか?




 なお、法衣貴族の代替わりの時に5人に1人くらいは過労死すると聞いて、異世界貴族のブラック度に驚いた。

 ……貴族の跡取りがダンジョンに潜るのは、箔付けに加えステータスを上げて生命力を高める為でもあるらしいと後日聞いて頭が痛くなるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る