第228話 霊樹イグダード
イグダード巫爵領となる広大な森の中でも、西よりの一帯は特に木々が繁る。
他の地域が普段エルフにより整えられているのに比べ、霊樹イグダードの近辺は禁足地となり、とある事情以外では近寄れない決まりがあるからだ。
今回は特別に許してもらったわけだが……。
本来なら、墓守の役職に就かない限りは入ることが許されない。
今回とて、年配層のエルフ達は俺が入ることを嫌がり、自分達とイグダード巫爵領軍が監視することで妥協したのだ。
まあ、古今東西を問わず死者の眠りを妨げるのは、生者死者の双方にとって利がない行為だ。
当然と言えば当然か。
「見えてきました。
あれが霊樹イグダードです」
「……やっとか」
先々代の墓守をしていた老エルフの言葉に顔を上げる。
足元を這う多くの根に気を付けながらの移動は、高いステータス値を持とうとも苦労するのだ。
前回、豊姫達はこういう場所でゴブリン狩りをしたのかと感心しながら、目的地に着いたことに安堵する。
木々の切れ間から見えるのは、……普通の木。
こういうのって、大抵異様にでかいとか変わった形だとかするものじゃないのか?
「……あれが?」
「ハハハ。
エルフ以外には普通の木にしか見えないらしいですからな。
我々はこの木に郷愁を感じるのですが、他の種族にはただの木にしか思えないと良く言われます」
「他の種族?
禁足地だろうに……」
「長老達ですね。
ゼファート様に恩を売ろうとしたんでしょうけど……」
「……そうか」
彼の木を見る俺に元墓守から声が掛けられる。
意外とエルフ達も俗物ではあるが、社会性のある証明でもある。
しかし、どれほど周囲を見渡せど、これと言った特徴も……。
木のうろに人が通れそうな穴があるくらいか。
「あれは?」
「妖精の帰り道と呼ばれる我らの墓穴です。
死期を悟ったエルフはあの穴を自ら下り、その奥で静かに息を引き取ります」
「……」
「戦場や病気などが原因で他所で死ぬことはエルフにとっては最大の屈辱であり、あの洞穴を自ら降ることこそが名誉です」
「そうか」
……まあ、他所様の慣習にどうこう言う気はないが、なんかモヤッとするな。
「……それで、呪術士に傷つけられた箇所は?」
「木の裏側になります」
「分かった。
……ん?」
「どうなさいました?」
「今、イグダードが揺れなかったか?」
「いえ? 気になりませんでしたが?」
「そうか」
エルフの象徴の木にしては小ぶりな霊樹を大きく迂回する。
……霊樹イグダードの周囲は、名誉なき同族を憐れんだエルフ達による墓標が立ち並ぶので、下手に歩くと墓を踏み荒らすことになるらしい。
「……酷いな」
「はい。忌々しい呪術士の行いです」
イグダードの裏側は、青黒い変色した隆起が蠢く、異様で痛々しい傷があったのだが……、
「……しかし、これは本当に傷か?
そもそも樹木の傷には到底思えないような……」
動物の化膿痕か、或いは寄生虫の蠢いている痕と言う感じで、とても木の表面には見えないのだが?
「少し鑑定してみるか?」
「はあ。……鑑定はこれまでも何人か挑戦しているようですが、成功したとは聞きませんが?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前 還元吸収型対女王用兵器イグダード
性別 無(呪いー能力半減)
種族 改良型エンシェントトレントキング
レベル 845
称号 エルフの帰る場所
能力
生命力 42000/84000
魔力 3150/6300
腕力 1600
知力 1600
体力 1600
志力 1600
脚力 1600
スキル
種族 生物還元吸収(ー)
アーティフィカルスキル
兵士創造(ー)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……」
「どうでしょうか?」
沈黙する俺に不安げな元墓守。
これは言って良いのか?
女王ってのは最近良く聞く古代人の天敵のドラゴンだろ?
そんで還元吸収ってことはエルフの死者はあのうろの中で経験値として吸収されるってことだろうし、それを名誉なことだと設定した奴がいる。
……いたと言うべきか?
古代人は女王に勝つために、経験値を貢ぐ働き蟻としてエルフを造り、古代文明崩壊後もシステムだけが残ったと言うことだろう。
「……あれは霊樹なんて大層なものではない。
あれは……」
「おい! あれはなんだ!」
「霊樹から木の実が?」
俺の説明を遮るように兵士が騒ぎだし、彼らの指差すイグダードを見れば、大きな林檎を地面に落としだす。
1つ2つと大地に落ちてくる林檎。
それは大地で弾けて、中からゴブリンのような魔物が這い出てくる。
これがお伽噺であれば、林檎から生まれた林檎太郎なのだろうが……。
……十中八九、兵士創造のスキルだよな。
「全員戦闘用意をしろ!」
と周囲へ警戒を促し、『竜牙』を……。
あ、森に入るのに邪魔だからと置いてきたんだった。
……どうしよう??
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