第225話 飛来した災厄

 人間が小鬼森林と呼ぶ土地がある。

 かつては豊かな実りをもたらす平和な森であったが、何時からかゴブリンが住み着き、小鬼森林の名が付いた地域だ。

 弱小種であるゴブリンが主体となる珍しい領域。

 本来なら、他種族に虐げられる隷属種のゴブリンが何故領域の主栄しゅえい種族となったのかと言えば、隣接する領域の影響だった。


 森の先には『狼王の平原』があり、大きな森は魔狼の進攻を妨げた。

 巨大な魔狼と言えど、樹齢数十年を数える大木を薙ぎ倒すのは容易ではないので、たまに森に入って来る程度。

 森を抜けた先にある間道には、まず侵入してこないのだ。

 間道の防壁として役立っていた森ではあるが、森もそれ自体がある種の生き物である。

 余剰な枝を落としたり、或いは増えすぎた草食動物を減らすなどの手間をかけなくては、徐々に衰退する運命。

 とは言え、危険な魔狼の領域に隣接する森へ入植する人間もおらずと言う状況下で、数体のゴブリンが住み着き、彼らは天敵のいない森で順調に数を増やしていた。

 醜悪な見た目ではあるが、本来のゴブリンはエルフと同じく森の妖魔アールヴを祖とする生き物である。

 アールヴが正統に進化した先にあるのがゴブリンであり、人に交わり魔性を退化させた者が後にエルフと呼ばれた。

 まあ、退化したはずのエルフどころか、進化前のアールヴよりも弱いゴブリンが本家とは言いづらいのだが。


 そんなゴブリンであるから当然、森を管理するのは得意だし、圧倒的なスピードで繁殖するので気紛れに襲来する魔狼の脅威に絶滅することもなく、今の大繁栄があった。

 『小鬼森林』と『狼王の平原』は歪な共生関係にあったのだ。

 故に仮初めの平和を享受していたゴブリン達は、その歴史に終止符を打つ災厄の襲来を予見することも出来なかった。

 森で生活が完結していた彼らに外部の情報は不要で、まさか強大な魔狼達が討ち散らされるとは夢にも思わなかっただろう。


 小鬼森林終焉の日。

 最初に違和感を覚えたのは、狩りを担当するレンジャー種のゴブリンだった。

 集落へ大型の獣が近付かないように警戒する斥候役も担う彼らは森の静けさに戸惑った。

 最近は鎧を着けた人間がやって来ることが多く、その度に草食獣達が身を潜めることも多かったが……。

 それでも、これほどの静けさになったことはない。


 ゴブリンレンジャーの話を聞いたシャーマン種のゴブリンは、不吉な予感を感じる。

 集落のブレインを担う彼らは、異常な静けさは森に棲む肉食獣も巣に隠れているのではと考え……。

 恐怖する。

 自分達を玩具程度に弄ぶジャイアントベアのような猛獣が身を隠すような怪物が近付いているのだと、集落を束ねるロード種に里を棄てる提案に向かった。


 ゴブリンシャーマン達の提言を聞いたゴブリンロードは、何時もの人間の襲撃だと鼻で笑って、集落の守りを固めさせる。

 戦士職上がりのゴブリンロードにとって、魔術職のゴブリンシャーマンは口先だけの厄介者と言う印象でしかない。

 文系と体育会系の溝は異世界でも消えないものだが、今回はシャーマン達の方が分が悪い。

 最近、頻発していた人間の襲撃を、災厄の予兆だと主張してきたにもかかわらず、ロード以下戦士職の奮闘で退けれていたのだから、集落の発言力はロード側の方が大きくなっていたのだ。

 結局、籠城を選ぶことになり、シャーマン達も死力を尽くすために準備を整えるのだった。


 小鬼森林のゴブリン達はロードの号令の下、戦士職は柵のすぐ内側で戦闘用意をして、その後ろにシャーマン達。

 周辺の木々にレンジャーが潜んで、逆襲の用意に勤しむ。

 シャーマン達や一部の知力が高いゴブリンを除き、集落は揚々とした空気に包まれていた。

 彼らは騎士の襲撃を何度も退けてきたのだ。

 森で疲れさせた所を、籠城で更に士気を下げ、最後に壊走させる必勝パターンで負けるイメージなどないのだから当然だった。

 しかし、その考えは儚く散ることになる東から襲来した巨竜の影に踏み潰されて……。

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