第200話 打ち合わせ

「申し訳ありませんでした!!」


 使者がこちらの案内に連れられて、天幕を去った後の第一口はキリオンの謝罪だった。

 シュールのような小言の山を覚悟していた俺は拍子抜けしたが、鷹揚に構えて誤魔化す。


「気にするな。

 向こうは実務経験豊富な事務官であろう。

 それよりもお前の機転に助けられた」

「…そう言っていただけると助かります」

「しかし、往生際の悪い終戦交渉の打診と言う名目が、減免のためのブラフだったとはな…」

「はい。

 向こうは自分達の非を認める気がないのだろうと思って、調子良く責めてしまったのが失敗です」

「どう言うことです?」


 念のため意見の摺合せを行うとジェシカは理解していなかった。

 まあエルフの女王として引きこもっていた彼女がこう言う交渉の場に出る機会はないだろう。


「我々は向こうが無条件降伏に近い状況にも関わらず、終戦交渉を願い出たと考えました。

 それは敗けを認めないと言う意思表示だろうと推測して、戦争を起こしたことを責めて、賠償額を吊り上げに掛かりました」

「何故?」


 物欲の弱いエルフじゃ分かりにくいか?


「責任を認めなければ逆恨みからまた攻撃してくるかもしれないので、向こうの有責を明確にして大義名分を奪うってことだ。

 ……そうだな?」

「はい。

 誰だって自分のせいじゃないことで責められたら納得出来ません。

 国民レベルでそう言う方向に持っていけば次の戦いはもっと強い抵抗となるかもしれない。

 何も知らない国民からしたら、ゼファート軍は自分達を苛めに来る悪者ってことになるんですよ」

「……」


 納得いかないって顔だが、専守防衛で生きてきたエルフには侵略側の対応に結び付かないのもしょうがない。


「最初にベリア嬢が床に座ろうとしたのもそれだな?」

「はい。

 帝国民は自国が侮辱されたと感じるでしょう」

「そこで対応をミスったか…」

「ええ。

 まさかあの失言が、わざとだとは…」

「『こんな形での交渉は初めてでして』って奴だな?

 俺はこれ幸いと同盟国への奇襲を責めて、そこにマウントホークが損益を被ったと圧をかけた。

 自業自得だと責めたてた訳だが…」

「はい。

 あのまま行けば、サザーラントの立場は卑怯な侵略者で固定出来るはずでした。

 しかし、ギュリットが絡んできて、利害より義理を重んじた国と言う対外的な風評となるかと…」

「ふむ…。

 せめてギュリットの外交官役を果たした誰かを拐ってこれればな…」

「そうですね。

 そうなればサザーラントが負けた責任をギュリットに押し付けたとでもすることが出来ます」

「…無理だろうな。

 皇女が来ているのも辛い」

「ええ。

 ギュリットの配下は使者達の荷物の中にあるはずですからそれを強奪して、サザーラント帝国の不備を喧伝出来れば良かったんですが、皇女が同行していて以上、軍人の"暴発"が起こるのは不自然です」


 敗戦の責を逃れるために戦争を継続しようとしたサザーラント軍が暴走。

 使者を殺して、ゼファート軍に襲いかかったが返り討ちに!

 ってことにして、ギュリット配下の首を処分出来れば最高なんだが…。

 ……無理だな。


「こっちは向こうの終戦交渉条件を飲むしかないかな」

「…それが1番傷が浅いでしょうね」


 下手にサザーラントの責任追及をすれば世論がサザーラント帝国に同情しかねない。

 もちろん、占領済みのダンベーイやペルシャンを返せと言う要求は突っぱねるし、そうなれば、サザーラントをギュリットを口実にした侵略者として誘導出来るが、


「肝心の向こうが出した要求書は?」

「そう言えば!

 確認します」


 内容次第では逆撃の種になるかもしれないと一縷の望みを掛けるが、キリオンの顔は徐々に曇る。


「…ダンベーイとペルシャンはそのまま。

 グリンダ平野とミルト台地の支配権利の譲渡に、賠償としてルターの街を献上。

 後は、第一皇女アイリーンをレンター王の側室に差し出す。

 ……だそうです」

「アカン奴やん!」

「アカン?」


 思わず関西弁で突っ込んだら、キリオンから疑問符がきたがそれは流す。


「いや、すまん。

 この条件だと取りすぎだよな?」

「そうですね」

「こっちは周辺国の目があるから、この条件を飲むのは悪評が立つな?」

「はい。内容が無条件降伏並みの要求書ですね」


 ルターはサザーラント帝国首都とこのグリンダ平原の中間にある都市であり、ここを抑えると言うことはサザーラントを経済的に支配出来ると言うことだ。

 終戦交渉でそんな相手の息の音を停めるような条約を結んだなんてことになれば、恐怖の対象になってしまう。


「最初からこっちが譲歩せざるを得ない条件を出してきたと言うわけですね」

「普通はこっちが受け入れられない高い条件から譲歩していくもんだろうに!」

「厄介な手です。

 こちらが譲らないといけない状況に持っていったことで"戦争に勝ったゼファート軍が気を使った国"と言うメンツが立つわけですね…」

「戦に負けて勝負に勝つってことだな」

「ええと…」

「異世界の諺だ。

 連中は戦争に負けたが俺達との交渉で面目を保つと言う勝負に勝った。

 今回は痛み分け、…判定負けかな?」

「交渉で大敗ですよ!

 ゼファート軍は交渉が苦手となれば、そう言う戦略に重きを置く国が増えるでしょうし」


 往生際の悪い負け惜しみをキリオンに一刀両断された。

 しかし、


「連中は俺達が先に要求を突き付けたらどうなっていたんだ?

 無駄に傷口を広げる結果になっただろうに…」

「…最初から主導権を取られていたんです。

 皇女が来てギュリットが暗躍した情報が伏せられていたために我々は、一旦顔合わせを打ち切って交渉内容を再調整する必要が出てきました」

「確かに…」

「そのタイミングで向こうが先に要求書を出してきたんですから、向こうは誠実に高い賠償金を払おうとした。

 こちらは外から見たらサザーラント帝国に気を使ったような譲歩をするように見えると言うことです。

 おそらく、要求書は数枚用意されていたと思われますよ?」

「タイミングに合わせて使い分ける予定だったか?」


 用意周到だと誉めるべきか、自分達の未熟を悔やむべきか?

 どちらにしろ、こっちは軍人と君主階級ばかりだし、実務処理の専門家では分が悪いな。


「はい。

 こちらが強行して会議を続けた場合は、ルターの件を省いた物だったと思います」

「外交官の1人でも引っ張って来るべきだったな」

「今から早馬を飛ばします」

「頼む。

 レンターの件は俺から頼んでおくか…」


 どうやらレンターの嫁はサザーラント帝国第一皇女に決まりのようだ。

 正妃に据えないと不味いだろうし、ジンバルに手紙を出すか…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る