第193話 ファーラシア無双?

 前方からやや駆け足程度の速度で向かってくる騎兵を眺める。

 まさか1人で敵軍と相対する羽目になるとは思ってもみなかった俺だが、なってしまったものはしょうがないと街門の前で戦闘準備をしていただけなんだがな。

 とにかく、悠長に迫ってくる騎兵に向かって、


「喝ーーッ!!」


 と叫ぶ。

 もちろんハウリング効果を乗せて。

 それを聞いた馬が暴れだして、騎手の指示に反抗する。

 しかも騎手達もハウリングの効果を受けて身を固くしていたので、落馬は必定。

 落とされ、踏まれ、蹴り飛ばされと言う具合に暴走する馬に叩きのめされる。

 しかも日本にいた時に見たようなサラブレッドでもポニーのような小型馬でもない。

 北海道にいるようなばんえい馬をさらに厳つくしたような軍馬だ。

 散り散りに去っていく馬の後に残されるのは無惨なミンチと化した兵士だったもの。

 こっちを1人と侮るからこうなる。

 全力の突撃をしていれば、制動が効かない馬は諦めて、俺に突撃したか或いはコースを逸れて脇を駆け抜けたかは知らないが、少なくともこんな風に騎手を振りほどいて暴れる余裕はなかっただろう。


「……」


 うむ。

 俺のハウリングはおおよそ100メートルほどは届きそうだ。

 敵陣? 集まってるだけ? の馬達もこの場を逃れようと必死に暴れて、それを抑え付けるのにてんてこ舞の敵軍はこちらに注意する素振りさえみせない。

 バカな話だ。

 この程度の距離、俺のステータスなら一瞬だってのに。

 スッと駆け寄り、戦闘の指揮官らしき豪奢な鎧の女を切り伏せ、返す刃で数人の兵を輪切りにする。

 刹那、目があった馬達が混乱している集団の方に飛び込むように俺から離れていく。


「混乱中の集団より俺の方が怖いってことか。

 馬の方が脅威を見極める能力があると言うのは皮肉だねぇ」


 その馬が呼び水となり、三々五々に暴れていた馬が西へ向かう大きな流れを生み出す。

 暴れる馬を避けるのに必死で、それでも互いが邪魔をして避けきれず、運良く避けたと思えば俺の刃がその者の身体を切り裂く。

 うん。

 無双シリーズと言うよりも、忍者系の暗殺ものみたいになってるな、これ。

 場違いな感想を抱きながら、順繰りに剣を振る。


「落ち着け!

 相手は1人だ。

 馬は後で回収すれば良い!

 コイツを討つことを優先しろ!」

「お? …おお!」

「行くぞ!」


 冷静な指示を出す奴も出始めた。

 状況を見るに先ほどの女はお飾りかな?

 …誰も心配していなさそうだし、少しづつ意識的な反抗が始まった。

 …所詮は反抗程度だが。

 まとまって組織的に動き出せば良い的だ。

 数人まとめて切り捨てる。

 しかし、


「コイツを生かしたまま帰せば、全員家族毎処刑の運命だぞ!

 守る者があるなら、しがみついてでも止めろ!

 私が止めを差す!」

「「「おお!」」」


 先ほどから指示を出している男に呼応して10人ほどがタックルしてくる。


「…っとと」

「「「今だ!」」」


 数人を避けた所で地面のぬかるみでつんのめりそうになり、数人がかりでの抑え付けにあった。


「良くやった!

 チャージ! チャージ!」


 すぐにでも振りほどけるのだが、例の男の言葉に気が逸れる。

 …チャージ、充電?

 騎兵突撃と言う意味も有った気がするが、腰を落として踏ん張っているところを見るに、溜め込む方の意味だろう。


「チャージ! チャージ! …グブッ。

 …チャージ」


 無傷の男が血を吐いているところを見るに、これは生命力を使用して攻撃する武技の様なものか?


「喰らえ! スレイヤーストライク!」


 そうこうしている内に男が槍を持って突撃してくる。

 …うむ。

 その穂先は、俺の心臓の上でピクリとも動かず、エネルギーの霧散と共に男が倒れ落ちて、


「バカな…」


 の一言と共に果てる。

 いや、だってチャージの解析結果は、生命力を20消費して基礎腕力を1.2倍にするだし、スレイヤーストライクは、生命力10消費の、急所ヒットでダメージ30%増大だったぞ?

 元々腕力42しかない奴がチャージを5回重ね掛けしても、腕力84で槍の攻撃力が20程度。

 どう足掻いても、体力1000超えの俺にダメージを与えるだけの威力はなく、スレイヤーストライクに至っては、元のダメージがゼロでは話にすらならない。


「うん。

 とっとと離せ!」

「「「ヒィィ!」」」


 ハウリングで吹っ飛ばせば、周囲は戦意を消失させて逃げ始める。

 後は適当に倒しながら、後続兵の来るであろう西方に進路を取るだけ。


 …の予定だったが、ダンベーイから俺の足で10分程度。

 ちょっとした丘になっている地点の上まで辿り着いた所で斜面が夥しい血の河になってるのを見つける。

 馬の蹄の痕もあるし、どうやら先ほど逃げ出した馬達と斜面でかち合ったらしい。

 …運が悪いな。


「文字通りの屍山血河と言う感じだ」


 肉塊は両脇に追いやられ、血の流れが中央に谷川を生み出している。


「無双ゲームだと馬は乗ってる時しか有効じゃなかったけど、現実の戦争だとむしろ、馬が一番無双してたりしてな。

 うん。

 赤兎馬こそ、天下無双の強者なりってか。

 ……笑えねぇ」


 これは主要な街道であり、後日一部の兵を率いて、ゼイム巫爵領近郊の軍と合流する際の通路である。

 通るのが凄い嫌だなと思いつつ、


「俺が孤軍奮闘する羽目になった原因は解決したかな?」


 現実から目を逸らすように視線を上に向ければ、抜けるように高い青空が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る