第194話 立て籠り

 ダンベーイに戻った俺は、行政府の石造りの建物の前で武装している集団に話し掛ける。


「それで立て籠っている旧ダンベーイ侯爵とその配下は?」

「未だに篭城を続けております」

「そうか。

 無駄なことをしているな。

 町民で反発している者は?」

「…旧従士隊だった者が数名とその家族が」

「そうか。

 それで始末は付けたか?」

「はい。

 中には十代の子供もいたのですが…」

「…しょうがない。

 将来、彼らが他の人間を煽ればより大きな人災を招く」

「ええ。分かってます」


 意外とこの街の領主達は従士や平民と上手く信頼を築いていたようで、捕らえていた領主一家は町民? の手で助け出された。

 彼らは旧従士隊を集めて行政府を乗っ取り、篭城戦に出たのだが、それ以外にもゲリラ的に街中で暴れる連中がおり、その対策に義勇兵の大半が駆り出された。

 下手に敵の援軍相手に篭城戦をすれば、外と内の両方から攻撃されただろうし、内側の鎮圧に戦力を割いた結果が1人無双ゲーム状態だった。

 とは言え、これまでは下手に殺しては民衆の暴発の危険があったが、援軍も壊滅させた今ダンベーイ旧領主達への手心は必要なく、何よりもいい加減に連中の相手をしている時間もなくなってきた。

 これからは帝国正規軍や皇帝との交渉フェイズであるし、箔付けにしてしまうのも手ではあるか。

 …そう言えば。


「おい、これを最終通告と一緒に行政府に放り込め」

「これは?」

「援軍で一番偉そうにしていた女の首だ。

 皇族の可能性もあるし、絶望して投降してくるかもしれんだろう?」


 皇族の首がある=援軍の壊滅を意味するわけだからな。


「止めてください!

 連中が激情して戦闘になったら行方が分からなくなるかもしれないでしょ!

 皇族の首なら交渉材料にも使えるんですよ!」


 まあ言い分は分かる。

 投降してこなければ、火を放って皆殺しとする予定だし、…けどな。


「いや、人の生首持ち歩く趣味はないんだが…」

「化粧箱に入れて保存させますんで、絶対に捨てないでください!

 お願いしますよ!」


 拝み倒されたので首を近くの者に預けて、行政館へと意識を向ける。


「それで連中はどうすると思う?」

「分かりません。

 降伏条件は領主家族全員と従士長以下隊長格の処刑ですからね。

 玉砕とかもあり得るのでは?」


 旧主に仕えて命を懸ける。

 支配域もなく、権力もない旧主にはその働きに報いるだけの力もないので、ハイリスクノーリターンの象徴のような話だと思う。


「バカな話だよな。

 あのまま捕縛されていれば、少なくとも娘や従士隊長は生き残れたのに…」

「忠義の道と言うやつですよ。

 私には理解出来ます」


 実体もない名誉のためにって、ただのやりがい搾取じゃないか。

 金の切れ目が縁の切れ目とまでは言わないが、もう少し冷静な目を養うべきだ。


「くだらない。

 これで行政館を焼き払って町民の暴動にでもなればダンベーイそのものがなくなるんだぞ?」


 最後に行き着くのは住民虐殺の悲劇だ。

 感情的にはやりたくないが損益を考えればその方が良いと考える冷徹な自分もいる。

 実際、優秀なサザーラント帝国民として生きてきたと考えているプライドの高い連中をそのまま支配するより、貶めて心をへし折ってからの方が効率が良いのだ。

 …本来ならこちらにその口実を与えるような真似は控えるべきだが。


「抵抗を続けていれば、正義である自分達が最後に勝つとでも思っているのでは?」

「…勝った先にあるのは同胞の屍で築いた虚構の楽園だがな」

「長年の教育の賜物では?」

「……」


 親から子へ脈々と繋がれる選民思想か。

 昔の思考実験で、奴隷の優越と言うのがあったな。

 奴隷役の生徒が数人で牢屋に閉じ込められると何故か自分の着ている囚人服の方がきれいとかそう言った些細なことを重視して、優越感を覚えていくと言う奴。

 平民階級にすぎないのに、サザーラント帝国と言う大国に暮らす自分達の方が凄いと言うのは、まさにあの思考実験そのものだと思いながら、最後通牒を行う兵士を眺めているのだった。

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