第178話 伝説の一幕

 東部と南部の抗争が続くものの新たに開設された水晶街道による物流量増加の影響で好景気が続く王都。

 そこに住まう民衆は皆明るく楽しそうに今日も生活を営んでいる。

 明日への不安が少ないと言うのはそれだけでも幸せなことなのだと思わせられる。

 そんな王都ラーセンを慌ただしく駆け回る兵士達の姿があった。

 彼らは口々に、


「伝令! 手の空いている者は王城前広場に集まれ!」


 と触れ回る。

 末端の兵士達には何があるか伝わっていないのだろう。

 酒場にやって来た兵士も客に問い掛けられて、


「分からないが、素晴らしいものが見られるらしい。

 悪いことではないと言う話だ」


 と答えていた。

 その様子を見ていた客が首を捻る中で、


「あらぁ。

 面白そうじゃないのぉ。

 行ってみましょう」

「そうだな。実に面白そうだ!」


 客の振りをして、酒を飲んでいた従士隊長の姉弟が楽しげに先導する。


「おいおい。

 大丈夫なのか?

 行ったらいきなり徴兵とかじゃないだろうな?

 この国の王には胡散臭い噂が多いぞ?」


 俺は目深に被ったローブ姿で姉弟に疑問を投げ掛ける。


「徴兵するのに『暇な人間』は来いなんて言わないでしょ?」

「……ふん。

 後で泣きをみるなよ!」


 エミルの反論を鼻で笑って、捨て台詞を残して酒場を出ていく。

 寸劇ではあるが、疑う人間が逃げると言う行動は自分達が正しいと誤認する原因になる。

 その心理を少し利用させてもらう。


 そんな俺が向かう先はフォックステイルの鬼の祠前店。

 そこでは知名度が高くて、今回の扇動役を外されたレオンがアラビアン・ナイトに出てきそうな衣装を用意して待っている手筈になっている。

 真竜ゼファートは異国からやって来て、ユーリス・マウントホークと意気投合したと言う設定なので、似非アラビア風王族衣装を身に纏うことになった。

 俺としては、第2候補の着物の方が良いのだが、遠目からだと地味と言う理由で却下された。

 かといって、着物に金銀のアクセサリーもなんか違うし、しょうがない。





 それから。

 竜化した俺は、眼下に広がるラーセンの街を見下ろしながら、ゆったりと外壁に沿って旋回して、王城から南門へ続く大通りの上を飛び、王城前広場で軽く上昇後に着陸。

 ……広場に用意された着陸地点はギリギリの広さだったが、見物人を傷付けることなく着陸出来た。

 着陸の瞬間にフワッと青い燐光を撒き散らす。

 これで仮に怪我人がいても、スキル『慈悲の燐光』の影響で回復しているはずだ。

 バルコニーに立つレンターと目線が合う。


「ようこそおいでくださいました!

 真竜ゼファート様!

 王国を代表して歓迎致します!」

「うむ。

 我こそは『命盃めいはい』のゼファート。

 ケンカ友達のユーリスに頼まれて、お前らに手を貸している。感謝せよ」

「ケンカ友達ですか?」

「うむ。

 あれは我と互角に戦える希少な人間である。

 ……本当に人間か?」


 守護竜職を得るのは良いが、ユーリスが弱いと勘違いされると要らんちょっかいが増えるので、真竜種とケンカ友達になれる。だから気に入られていると言う台本を用意したのだ。


「ハハハ……。

 それで本日のご用件は?」


 この苦笑いは演技か本音か気になるが、


「うむ。

 我はユーリスに頼まれてラガート伯爵領都? とやらへ救援に赴いたのだが、周辺の兵士を蹴散らした所で思い至った。

 ユーリスが来るまでここをどうやって守ろうかとな」

「そうですか……」

「うむ。

 外敵を蹴散らすなら容易いが内部の統制をしようと思えば、手足となる兵士が欲しい。

 そこでここに借りに来た」


 醤油を借りるようなノリであるが、ドラゴン相手に文句を言える強者はなかなかいない。


「借りに来たっと言われましても……」

「うん?」

「我が国の兵を対価もなく貸し出せるはずはありません!

 お断り申し上げます!」


 そんな中ではっきり拒絶するレンターの姿は頼もしいことこの上ないだろう。

 マッチポンプだと知らない民衆は、レンターにカリスマを感じるはずだ。


「我の命令を断ると言うのか?」


 威圧を込めて問い掛ける。

 脇目に見える民衆は蒼白になり、辺りにアンモニア臭が漂う。

 どうやら気の弱い人間が失禁したらしい。

 ……少しやり過ぎたな。


「先生の友人の頼みですから、聞くことも吝かではありません!

 しかし、ただ命じられるままに動くなんてことは出来ない!!」

「先生?

 ユーリスが手を貸している人間とは貴様のことか。

 ……うぅむ。

 ではこうしよう。

 お前達は我を崇め敬う。

 我はお前達に迫る災厄を振り払う。

 ……どうだ?」


 軽く困った振りをして再度問う。


「だから聞けないと言っているでしょうが!」

「陛下お待ちを!

 ……真竜様に恐れながらお尋ね致します。

 災厄とはどこまでを含むのでございましょうか?」


 あくまで拒否するレンターに待ったを掛けて、ジンバルが出てくる。


「うん?」

「例えば他国の侵略なども……」

「人同士の争いに興味はない。

 ……と言いたいところだが、少しくらいは手を貸さんでもない」

「おお!

 ……陛下」

「……分かりました。

 ゼファート様の頼みをきくように取り計らいます」

「そうか!

 では詳しい打ち合わせと行こうではないか!」


 そう言って竜化を解く。

 似非アラビアン・ナイト風の服飾でレンターの肩を気軽に叩く様は多くの民衆に、ファーラシア王国がドラゴンを味方に付けたと言う事実を植え付けることだろう。


「「「ファーラシアばんざーい! レンター王ばんざーい!」」」


 と言う喝采が響きだした。このままスタンディングオペレーションとなっていくだろう。

 彼らは、今日、伝説の目撃者となったのだ。

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