第177話 予期せぬ休日

 ダンジョン『鬼の祠』から親衛隊を回収して戻ってきた俺はそのまま王都別邸での待機を依頼された。

 ドラゴンの襲来により主力軍が多大なダメージを受けた南部諸侯連合は、戦線を放棄してギュリット侯爵領都の古都ギュリットに集結しようとしているらしい。

 王都ラーセン以上の防壁を持つ古都ギュリットに籠城してマウントホーク軍を迎え撃つ予定ならば、守護竜の華々しいデヴューに相応しいと考えた王宮の上層部は、このまま連中をギュリットに押し込めておいて、守護竜軍の旗を増産することにした。

 ある程度の旗が確保できたら、それを掲げていよいよ進軍開始となるので、その際に俺達が合流することになり、それまでは王都に待機しているように依頼されたわけだ。


 ちなみに旗のデザインは、黒字に緑の盃を抱える白竜となったと連絡を受けた。

 王都では各紡織工房が急ピッチで旗を用意しているのだが、目標とする100枚の確保が出来るまで1週間は掛かると言う見込みだ。


 この1週間と言うのが曲者で、ドラグネアやミーティアまで行って帰ってくる時間はなく、ダンジョンに潜るのも心許ない。

 王都内での休日に充てることにして、親衛隊にも少しばかりの小遣いを配って、俺自身は……。


「お待たせしました。

 試作のダンジョンポークと近郊野菜のフルコースでございます」


 前にベックの家族と一緒に行った高級レストランバノッサで、3日連続フルコースを堪能していた。

 元々は折角王都にいるのだし、バノッサでの食事をしようと思い立って、夕食に立ち寄ったのが始まり。

 その日、偶然レギン伯爵と顔を合わせて、バノッサのコック長に紹介された結果。

 コック長に頼まれたのが『マウントホーク辺境伯御用達の店』と言う評判を手に入れたいと言う頼み。

 バノッサの料理は好みに合った物だったので、交換条件付きで了承した。

 ついでにより俺の好みに合うコースを用意させることになったので、そのための試食会がこれに当たる。

 こうすることで俺を招きたい貴族家が俺の好みを知るためにこの店に訪れる確率が上がり、店の格が上がる。

 俺自身も他人の家に招かれて、不味い飯とか勘弁してほしいので了承した。


「うむ。

 これが一番旨いな」


 豚肉の生姜焼きのような料理を指差す。


「ダンジョンポークの香草焼きでございますね?

 ではこれを中心とするコースに変更します」

「分かった。

 それで弟子の選考は終わったのか?」

「はい。

 甥のギルバートを預けることに致します」

「…分かった。

 明日手紙を渡そう」


 一瞬、大貴族の料理人と言う将来的に家臣に組み込まれる地位を自分の子供ではなく甥に渡すことに疑問を持ち掛けたが、このコック長は食に関しては妥協しないと言うレギン伯爵の言葉を思い出した。


「よろしくお願いします」


 ドラグネア城の料理人として、人を派遣してもらうように交換条件を付けていたのだが、その進捗が分かり俺も安心した。

 王都でも質の高いレストランの技術にユーリカの異世界料理知識が加わることで、どんな化学反応が起こるか楽しみな休日前半になった。





 対して、後半は…。


「こちらがラロル帝国皇女殿下。

 これはサザーラント帝国のガネッサ公爵令嬢で、こっちはスキライ王国王女殿下だ」

「いや、肖像画みせられても…」


 ジンバル侯爵邸へ呼び出されて、レンターに結婚の申し込みがあった他国の令嬢の肖像画を見比べる会に参加させられていた。

 俺の他に3人の大臣も一緒になって見比べているが、誰もが困惑していて会議が進まない。

 今でこそ3実務卿としての地位にいるが、ロランドの暴走によりこの地位へ上がった者ばかりで元は中堅法衣貴族だった者達だ。

 まさか新王妃の選定会に参加する羽目になるとは思っていなかっただろう。

 俺に至っては論外…。


「貴殿らの言い分も分かるが、私達の手でここまで絞ったのだぞ?

 最終選考くらいは手伝ってくれ」


 深いため息を漏らして、ジンバル侯爵が頭を抑える。


「特にマウントホーク卿。

 卿がやらかす度に再選定になっているのだからな?

 ここらで決着を着けないと私達が死んでしまう」

「そんなに変わったのか?」


 嘆き節のジンバルに呆れ気味に返せば、


「変わったとも!

 まず、守護竜の盟友マウントホーク辺境伯の令嬢を飛び越して、国内の貴族が王妃に収まる目はなくなったのだ!」


 ガンっと言う机を叩く音と共に抗議を受ける。


「それはすまないが娘の意思を優先したいのでな」

「…分かっている。

 何より、卿の令嬢が王妃となれば権力が集中し過ぎてしまうからな」


 うむ。

 竜の戦闘力に辺境伯の兵力、王国の権力。

 まさに影の支配者だな。


「しかしラロル帝国とスキライ王国は除外だと思うが?」

「ああ。

 あくまでマウントホーク卿にこういう縁談も来ていると報せたかっただけだよ。

 実質のところはサザーラント帝国公爵令嬢しかいないと思っている」


 この中で唯一各国の情勢に詳しい外務卿が、問い質せばあっさりと答える宰相。


「詳しく説明してくれ」

「「同じく」」


 蚊帳の外の俺達は2人に問い掛ける。


「ラロル帝国はフォロンズ王国との間の街道をグリフォンに潰され、スキライ王国は外洋との間に海賊が出て困っている国だ。

 これらの国から王妃を取れば必然的にマウントホーク卿に依頼が来るだろう」

「なるほど」

「更に言えばサザーラントはゼイム王国を挟んで対峙している大国だ。

 出来るだけ争いの種は減らしたい」

「なるほど」


 …婚姻外交も重要だしな。


「俺は良いと思うぞ?」

「うむ」

「妥当な線でしょうね」

「それではそう言うことで。

 発表と実際の動きは守護竜領発足時に…」

「分かった」

「「「異議なし」」」


 こうして、レンターの婚姻は無事にまとまる兆しをみせ始めた。

 これで国が安定するだろう。

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