第179話 伝説に絶望する
「「「ファーラシアばんざーい! レンター王ばんざーい!」」」
眼下の広場で民衆が喝采を挙げている様子を絶望的な表情で見つめる1人の男があった。
彼はサザーラント帝国の特使で、ガネッサ公爵令嬢ミリダイヤとファーラシア国王レンターの婚姻を纏めるように指示されてやって来た外交官だ。
彼の本国では、ユーリス・マウントホークなる成り上がり者を取り込んで勢いに乗るファーラシア王国を抑え込む目的で、公爵令嬢との婚姻と言う『柔』と緩衝地帯となっているゼイム王国への攻勢と言う『剛』を用いた外交戦略が取られることになっている。
そのうち、自分達が対応する婚姻外交は問題ない。
ファーラシア王国と結べば、ドラゴンの恩恵のお零れにあずかれるかもしれないのだから。
問題は、軍が主体となるゼイム王国侵攻政策。
マウントホーク辺境伯はゼイム王国とも親しい外交関係にあると言う。
それゆえに圧力を掛ける目的で侵攻するのだが、ゼイム王国の援軍にあのドラゴンが乗り出せば、大損害を被る可能性が高い。
ゼイム侵攻と婚姻外交を同時に行うのも、危険なマウントホーク辺境伯とファーラシア王国の間に皹を入れる目的もあった。
ゼイム王国を救援したいマウントホーク辺境伯とサザーラント帝国と戦う力がないファーラシア王国の言い訳としての婚姻外交で両者に溝を作ると言う戦略であり、当初の想定では充分上手く行く公算があった。
…あのようなドラゴンが現れなければ。
「…こうしてはおれん!
皇帝陛下にすぐさま軍事行動中止の嘆願をせねば!」
そこまで考えて我に帰る。
自分に出来ることは、藪から蛇を出すような危険な軍事行動をどうにか止めるように書状を出すだけだからだ。
今思えば、広間の見える会議室に通されたのもあの真竜種との関係を見せ付けるためだったとしか思えない。
にも拘らず衝突が起これば、ファーラシア王国の心証は最悪に近い所まで堕ちる。
お披露目より前に行動をしていた証拠になってしまうから…。
そんな折、隣の部屋の前で騒ぐ声が聞こえる。
「早く行け!
このままでは我が国は滅亡することになるぞ!」
部下を叱咤しているのは、ラロル帝国の特使で赴いてきていた顔見知りの外交官だった。
この様子では、ラロル帝国も何かあの真竜を不快にさせる行動に出ているかもしれない。
探りを入れようと話し掛けることにする。
「やあ!
ミニック殿。
貴殿もファーラシア王国に来ていたのだね?」
「お? おお!
サザーラント帝国のガイウス殿であったか。
珍しい場所で会いますな!」
向こうも顔を覚えてくれていたらしく挨拶が返ってきた。
「ええ。
私は公爵様のご令嬢とこちらのレンター陛下との婚姻を纏めるように派遣されましてな」
「ほう!
奇遇ですな。我々も皇女殿下との婚姻を纏めるように指示されています」
「なるほど。
今回は競争相手と言うことですね」
「残念ながらそのようですね」
外交官同士、手を組むこともあれば競合することもある。
それで遺恨を残すようでは外交官などやっていけない。
…それよりも何を慌てていたのか。
婚約の申し込みで国が滅ぶ筈はないだろうに。
「それで…、何を慌ててみえたので?」
「……お恥ずかしい所を見られましたな。
実は公爵家の者がマウントホーク家と諍いを起こしましてな。
今回の訪問はその抗議もあったのですが…」
「アレですか…」
巨大な真竜を思い描きながら尋ねる。
「ええ。
ファーラシアの内政官が頻りに外を見るように薦めるので見てみればアレです」
真っ青な顔をしている所をみるに、大分高圧的な態度での謝罪を要求したんだろうか?
「それで、その公爵家がミーティアにいるユーリス様のご令嬢を襲う計画を…」
ミニックは、ここでサザーラントも知っていたと言う状況を作ろうとしている!
「なんと!
すぐにファーラシア王にお伝えしないと!」
速やかに自国のアリバイ作りに動こうとするガイウスだったが、その必要はなかった。
「それは既に…。
また皇帝陛下にもお諌めいただくように嘆願を依頼したのですが…」
サザーラントよりも先にファーラシアに伝わっているなら、サザーラント帝国の関与は疑われないが、ラロルの状況はサザーラントと同じくらいヤバい状況だった。
下手するとそれ以上に…。
ミニックの様子に少しだけ心が軽くなったが、根本的な解決はしていないことに憂鬱な気分になるガイウスであった。
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